この研究は、オランダの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Journal of Science Communication
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ「見えない喪失」を伝えるのか
私たちの腸には膨大な数の微生物がすみついています。研究チームは、工業化された生活様式の広まりとともに、こうした腸内微生物の多様性が静かに失われてきたことを出発点としています。論文は、タンザニアの狩猟採集民ハッザの腸内微生物の多様性が都市部の人々をはるかに上回り、トレポネーマなどのスピロヘータ類は工業化社会の集団ではほぼ見られないという比較研究を紹介しています。また「生物多様性仮説」として、こうした多様性の減少が免疫・代謝の不調の増加と関連づけて論じられてきたことにも触れています(ここで示されているのは関連の指摘であり、原著もこれを確定した因果として述べてはいません)。
ところが、この問題を一般の人に伝えるのは容易ではありません。微生物は目に見えず、病気や不快感と結びつけられがちで、ホッキョクグマのような「保全のアイコン」にはなりにくい。著者らはこれを、科学コミュニケーション上の実践的な課題として位置づけました。そこで試みられたのが、プラネタリウムのドームを宇宙ではなく微生物の世界へ向ける、という発想です。
チェロとドーム映像による六幕の公演
『Symbiosis(共生)』は、微生物学者、作曲家、チェロ奏者、顕微鏡映像作家(顕微鏡をのぞいた世界を映像として撮影する作り手)、プラネタリウム館長の五人が2023年に共同で制作した、およそ60分の没入型公演です。アムステルダムのARTISプラネタリウムを会場に、生演奏のチェロ、電子音楽、顕微鏡映像、全天周(フルドーム)投影、そして語りが、それぞれ対等な伝達手段として組み合わされています。
構成は六幕。第一幕「起源」は生命の歴史を24時間に圧縮し、細菌が午前5時半、真核細胞が午後1時半、現生人類は次の午前0時の直前4秒に登場する、という語りで進みます。第二幕はプラネタリウムを囲む動物園の樹木の菌根ネットワークや根粒菌など、身近な共生を扱います。第三幕では人体の内部へ入り、ヒトを宿主と微生物群集からなる一つの単位=「ホロビオント」としてとらえ直します。第四幕「破られた約束」は、抗生物質の過剰使用、屋内中心の生活、土との接触の減少、食物繊維の少ない食事や超加工食品への偏りといった、微生物が失われてきた経路をたどります。
公演の情動的な中心が第五幕「ある微生物へのレクイエム」です。チェロが緩やかな哀歌を奏で、語り手が工業化社会の腸から失われたスピロヘータ、トレポネーマ・スクシニファシエンスの名を呼び、ドームがその螺旋状の姿で満たされるなか、観客は黙祷へと誘われます。著者らは、生態的喪失を公に悼む儀礼として、この幕を意図的に設計したと述べています。第六幕「再野生化」は行動の道筋を示し、食物繊維と発酵食品という二つの実践を提示します。2023年版はさらに、観客が細菌のスケールまで縮み、ブラウン運動に身をゆだねる想像をする「変容」の幕で閉じられました。
五回の上演と、五回目で行われた評価
著者らは2023年7月から2026年5月までの五回の上演を振り返っています。初演は第1回ヨーロッパ・プラネタリーヘルス学会の場で約120名に向けて行われました。二回目はドキュメンタリー映像祭のプログラムで、生チェロを外し語りもほぼ省いた短縮版として上演されましたが、物語の糸がないと微生物の喪失という中心的メッセージはほとんど伝わらなかったと報告されています。三回目は現代音楽祭で、ドームのない平面スクリーンに字幕という構成となり、観客の関心は映像と音楽に向き、科学的内容への関心は相対的に薄かったとされます。四回目はプラネタリウムでの完全版に戻り、一般の来場者にも初演に近い形で届いたと述べられています。
五回目(2026年5月18日)は40分版で、市民科学キャンペーン「Feed Your Microbes」の開始イベントに組み込まれました。ここで初めて、事前・事後アンケートによる構造化された評価が行われています。約120名の観客のうち92名が事前調査に、65名が事後調査に回答し、53名分が前後で対応づけられました。腸内微生物への自己申告のなじみは平均2.38から3.15へと上昇しました(1〜5段階)。事後のみの項目では、62%がキャンペーンへの参加を「likely」以上と答え、86%が食物繊維を増やすことは健康に良いと同意しました。一方、レクイエムの情動的な影響は平均2.70と中程度にとどまり、最も印象に残った幕として挙げられたのは行動を扱う「再野生化」(43%)で、統合された「破られた約束とレクイエム」(28%)を上回りました。
著者ら自身、この評価の限界を率直に示しています。単一会場・単一回の上演で対照群がなく、観客はキャンペーンに自ら参加を選んだ人々であるため、もともとメッセージに好意的だった可能性がある。なじみの上昇は「操作チェック」に近く、参加意向は実際の行動ではなく表明された意向にすぎない。また、印象に残った幕の結果が構成変更によるものか観客の性質によるものかは、このデータでは区別できないとしています。
この実践が示すもの
著者らが中心的な貢献として掲げるのは、上演内容そのものより会場の使い方です。宇宙を映すために作られたドームを内側へ、微生物の世界へ向けることで、会場自体が科学的メッセージの一部になる——水滴を建物ほどの大きさに、一個の細菌を数メートル幅に拡大するドームの光学特性は、顕微鏡の接眼レンズや平面の画面では届かない知覚を可能にする、という主張です。同じ装置と同じ語法で宇宙と微生物の両方を扱うことは、生物学と宇宙論が地続きであるという見方を体感させる、とも述べられています。ただし著者らは、この「反転」は現時点では設計から導かれた議論であり、観客を対象に直接検証されるべき提案だと明記しています。
レクイエムという公的な追悼の儀礼についても、著者らは慎重です。生態的悲嘆の研究はこうした儀礼の意義を支持する一方、悲しみや恐れが行動ではなく不安や麻痺を招きうるという研究もある。だからこそ、悲嘆から希望と行動へ抜ける出口を意図的に設計したと説明しています。情動を行動につなげる工夫は、認知的・態度的な効果を損なわなかった一方で、注意を最後の行動の幕へ移すという再配分をもたらしました。著者らはこれを、実証された仕組みではなく、設計上の妥当なトレードオフとして読んでいます。
統計だけでは微生物多様性の危機は人々の関心を動かさない——この認識から出発した実践報告は、知覚、儀礼、身体感覚を科学的内容の「補助」ではなく「主要な運び手」として扱う可能性を提示しています。フルドームという最も強い形は専用の施設と予算を要しますが、レクイエムや生身の演奏者の存在、情動から行動へつなぐという原則は、美術館や学校の講堂、屋外イベントでも応用しうると著者らは述べています。
著者:Remco Kort(Vrije Universiteit Amsterdam)、Gustavo Trujillo Delgado、Maya Fridman、Wim van Egmond、Milo Grootjen
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Remco Kort, Gustavo Trujillo Delgado, Maya Fridman, et al. Inverting the planetarium: Symbiosis as an immersive performance for communicating microbial biodiversity loss. Journal of Science Communication 2026-09-14. DOI: 10.22323/411020260709153846. 原著ライセンス:CC BY.