著者の所属・活動拠点の国は、ブラジル、イタリアです。
掲載誌:PloS one
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
ブラジル北東部リオ・グランデ・ド・ノルテ州のセリド地方は、乾燥した半乾燥地帯「カアチンガ」に属し、家族経営の酪農と伝統チーズづくりが地域の暮らしを支えてきました。なかでも「コアーリョチーズ」は、生乳にレンネット(凝乳酵素)を加えて固める伝統製法で作られる名物チーズです。ただし作り手によって原料や処理方法にばらつきがあり、品質の標準化が課題とされてきました。今回紹介する研究では、このコアーリョチーズにどのような細菌が棲みついているのかを、遺伝子解析の手法で詳しく調べています。
研究チームは、セリド地方の8つの自治体(カイコ、クライス・ノーヴォス、パレーリャス、サン・ジョアン・ド・サブジ、セーハ・ネグラ・ド・ノルテ、イプエイラ、サン・ジョゼ・ド・セリド、ジャルジン・ド・セリド)の市場や生産者から、2024年2月から6月にかけて計32個(1個約500g、真空パック)のチーズを購入しました。各サンプルは個別に均質化したうえで、地域全体の微生物像を把握する目的で100gずつを一つに混ぜ合わせ、これを代表サンプルとしてDNAを抽出しています。なお物理化学的な性質(水分量やpHなど)は32個それぞれについて個別に測定されました。
チーズの成分と、なぜこの菌たちが増えるのか
まず基本的な成分を見ると、水分量は平均43.56%、脂肪25.03%、タンパク質30.77%、灰分(ミネラル分)4.58%、炭水化物は算出上3.50%で、エネルギーは100gあたり332kcalと推定されました。pHは平均6.32(5.52~6.87の範囲)で、これは酸性化が完全には進んでいない状態を示しており、スターター菌(人工的に添加する発酵菌)をあまり使わず、熟成期間も短いという伝統製法の特徴を反映していると考察されています。また、この地域で報告されている他のコアーリョチーズに比べてタンパク質含有量がやや高めだった点も特徴として挙げられています。
次に、チーズに含まれる細菌の遺伝子(16S rRNA遺伝子という、細菌の種類を見分けるのに使われる部分)を解析した結果、69種の細菌が25の属(属とは種の一つ上の分類階級)にわたって見つかりました。全体としてはファーミキューテス門とプロテオバクテリア門という2つのグループが優勢で、これは殺菌していない生乳を使う他の発酵乳製品でも見られる傾向だと説明されています。
チーズの発酵を担う「乳酸菌」の顔ぶれ
検出された細菌の中でもっとも多かったのは、乳酸菌の一種であるエンテロコッカス属(Enterococcus)で、全体の約25%を占めていました。この属には、たとえば Enterococcus durans や Enterococcus faecium といった菌種が含まれ、チーズの熟成初期にタンパク質や脂肪を分解して風味形成に関わるほか、抗菌物質(バクテリオシン)を作って食中毒菌の増殖を抑える働きも報告されています。ただしエンテロコッカス属には、病院内感染に関わる薬剤耐性菌(多剤耐性の Enterococcus faecalis や Enterococcus faecium など)も含まれることが知られており、著者らはこの点にも注意を促しています。
2番目に多かったのはラクトコッカス属(Lactococcus、全体の約20~25%)で、乳を素早く酸性化して雑菌の増殖を抑える役割があるとされます。代表的な菌種 Lactococcus lactis はジアセチルやアセトアルデヒドといった香り成分や、ナイシンという抗菌物質を作ることが知られています。このほか、香りに関わるロイコノストック属(Leuconostoc、二酸化炭素やジアセチルを作り、チーズの気泡や風味に関与)や、乳や環境に由来するとみられるストレプトコッカス属(Streptococcus、約10~15%)も検出されました。
一方で、エンテロバクテリア科、大腸菌・赤痢菌群(Escherichia-Shigella)、バチルス属、ブドウ球菌属、そして植物病原菌として知られるディッキア属(Dickeya、約11.2%)といった、食品衛生上注意が必要な菌も見つかりました。ディッキア属は通常乳製品とは結びつかない菌であるため、土壌や水、植物由来の環境汚染を示している可能性があると著者らは推測していますが、人の健康への直接的な影響ははっきりしていないとしています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
著者らは、今回使用した16S rRNA遺伝子解析という手法には限界があると明記しています。この方法では検出した遺伝子が生きた菌由来か死んだ菌由来かを区別できず、また種や株のレベルまで細かく識別する精度も高くないため、病原性のある系統かどうかまでは判断できません。つまり今回の結果は、食品衛生上のリスクを最終的に確定するものではなく、今後の詳しい調査の出発点となるスクリーニング(ふるい分け)と位置づけられています。
さらに大きな限界として、32個のサンプルを個別に比較するのではなく一つに混ぜ合わせて解析したため、生産者ごと・地域内での違いを見ることができない点が挙げられています。この手法は、あくまでセリド地方全体としての大まかな「微生物の地域性(地元の言葉でいう terroir)」を捉えることを意図したもので、著者らも、より詳細な違いを調べるには生産者ごとの個別分析や継続的な調査が今後必要だと述べています。
本研究にはブラジルのリオ・グランデ・ド・ノルテ連邦大学、パライバ連邦大学、バイーア連邦大学、ペルナンブコ農村連邦大学、そしてイタリア・パルマ大学の研究者が参加しています。今回の内容に日本の研究機関や日本の食品・食習慣への言及はありませんでした。
この研究は、一地域の伝統チーズを対象とした一つの調査であり、他地域のコアーリョチーズや、他の伝統発酵食品全般に結論を広げられるものではありません。著者らは、今回得られた知見が今後の品質管理や食品安全性の検討、製造工程の標準化に向けた基礎データとして役立つことを期待しています。
原著論文の著者・所属:Rodrigues RCGMC(Postgraduate Program in in Animal Production, Federal University of Rio Grande do Norte, Macaíba, Brazil.)、Araújo EOM(Academic Unit Specialized in Agricultural Sciences, Federal University of Rio Grande do Norte, Macaíba, Brazil.)、Silva STD(Postgraduate Program in in Animal Production, Federal University of Rio Grande do Norte, Macaíba, Brazil.)、Sales GFC(Department of Animal Science, Federal University of Paraíba, Areia, Brazil.)、Sales DC(Academic Unit Specialized in Agricultural Sciences, Federal University of Rio Grande do Norte, Macaíba, Brazil.)、Ferreira MTDS(Postgraduate Program in Climate Sciences, Federal University of Rio Grande do Norte, Macaíba, Brazil.)、Ribeiro CVDM(Veterinary and Animal Science School, Federal University of Bahia, Salvador, BA, Brazil.)、Lucena LM(Academic Unit Specialized in Agricultural Sciences, Federal University of Rio Grande do Norte, Macaíba, Brazil.)、Cipolat-Gotet C(Department of Veterinary Science, University of Parma, Parma, Italy.)、Cavalcanti MTH(Department of Morphology and Animal Physiology, Federal Rural University of Pernambuco, Recife, Brazil.)、Rangel AHDN(Academic Unit Specialized in Agricultural Sciences, Federal University of Rio Grande do Norte, Macaíba, Brazil.)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Rodrigues RCGMC, Araújo EOM, Silva STD, et al. Metataxonomic insights into lactic acid bacteria diversity in artisanal coalho cheese from the Caatinga biome. プロス・ワン (2026). DOI: 10.1371/journal.pone.0352903. 原著ライセンス: cc-by.