著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Metabolites
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
食品の香りは、品質や消費者の好みを左右する重要な要素です。香料は化学合成や天然物からの抽出で作られることが多いものの、コストや収量、原料供給の不安定さ、環境負荷といった課題があります。そこで、微生物の発酵を利用して香り成分を作り出す方法が注目されています。
Geotrichum candidum(ゲオトリクム・カンディダム)は、カマンベールのような表面熟成タイプの軟質・半軟質チーズで、見た目と香りの形成に関わる重要なカビとされています。脂質やアミノ酸を分解し、キャベツのような香りやチーズらしい香りをもつ成分を作ることが知られています。
研究チームは予備実験で、チーズから分離した G. candidum GC1 株を、コーンスティープリカー粉末(CSLP)を含む培地で育てると、はっきりした果実の香りとほのかな焙煎香が生じることに気づきました。CSLPは、トウモロコシからでんぷんを取り出す工程で出る副産物です。ペプチドやアミノ酸、ビタミン、ミネラルを豊富に含み、安価な窒素源として発酵産業で広く使われています。ただし、CSLPを使ったときにこのカビがどのような揮発性成分(香りのもとになる、気体になりやすい化合物)を幅広く作るのかは、十分に調べられていませんでした。本研究は、培地の違いがGC1株の香り成分にどう影響するかを明らかにすることを目的としています。
何をどのように調べたか
著者らはGC1株を3種類の液体培地で48時間培養し、比較しました。1つ目はCSLPを窒素源とする「YMJ培地」、2つ目は窒素源をグルタミン酸だけにした合成培地「GAS培地」で、YMJ培地とは窒素源だけが異なります。3つ目はカビの培養に広く使われる市販のポテトデキストロース液体培地(PDB)です。
香りの分析には2つの手法を組み合わせました。1つは「電子鼻」で、複数の金属酸化物センサーの反応から試料全体の匂いのパターン(いわば匂いの指紋)を素早く捉える装置です。カビを植えていない培地も対照として測定しました。もう1つは、試料の上部空間に漂う成分を吸着させて分離・同定するガスクロマトグラフィー質量分析(GC–MS)で、個々の化合物を調べることができます。
さらに、各化合物が実際に香りに寄与しうるかを評価するため、「匂い活性値(OAV)」を計算しました。OAVは、内部標準を用いて半定量的に推定した濃度を、その化合物を人が感じ取れる最低濃度(閾値)で割った値です。一般に1以上であれば、香りに直接寄与する可能性がある成分とみなされます。
主な結果
発酵後の液体はいずれも好ましい香りを示し、PDBでは果実とワインのような香り、GASでは強い果実香、YMJでは果実香と焙煎香が混ざった香りが感じられたと報告されています。電子鼻の測定では、3種類の発酵液は統計的に明確に区別され、なかでもGASが他の2つと大きく異なっていました。一方、カビを植えていない3種類の培地どうしでは、全体の匂いパターンに大きな差は見られませんでした。
GC–MSでは、3種類の発酵液から合計1414種類の揮発性成分が検出され、エステル類、ケトン類、テルペン類などを含む15のグループに分類されました。アルコール類、アルデヒド類、アミン類、含窒素化合物はYMJで最も多く、PDBが中間、GASが最も少ない傾向でした。一方、ケトン類の合計量はYMJの方がPDBやGASより少なく、テルペン類やエステル類には目立った差がありませんでした。
培地間で量が大きく異なる成分は、YMJとGASの間で322種類、YMJとPDBの間で338種類見つかりました。このうちOAVが1を超える香り寄与候補を調べたところ、YMJではキュウリやメロンを思わせるアルデヒド類、リンゴやパイナップルのような果実香をもつエステル類、バラのような香りのフェニルエチルアルコール、ナッツや焙煎の香りをもつピラジン類、肉やニンニクを思わせる硫黄化合物などが多く含まれていました。香りの表現ごとに整理すると、YMJは果実、甘さ、青さ、花、ナッツ、焙煎といった複数の方向に香り成分が広がっており、GASやPDBより複雑で多面的な香りの構成を示していました。
代謝経路の解析では、YMJとGASの比較で、アミノ酸の一種フェニルアラニンの代謝に関わる経路が際立っていました。フェニルエチルアルコールなど、この経路に関わる成分がYMJで多く蓄積していたことから、著者らは、YMJ培地では芳香族アミノ酸から香り成分への変換が進んでいる可能性を示しています。ただし、酵素の働きそのものは測定していません。また、電子鼻のセンサー反応とGC–MSで特定した主要な香り成分との間にはおおむね一貫した相関が見られ、両手法は互いに補い合う関係にあると結論づけています。
この研究が示すこと
この研究は、同じカビであっても、育てる培地の成分によって作られる香り成分の種類や量、ひいては香り全体の性格が大きく変わることを示しました。著者らは、香りの前駆体となる成分の供給や栄養バランスが、GC1株の香りの形成を左右する重要な要因だと考えています。また、安価な副産物であるCSLPが、栄養源であると同時に香りの調整役にもなりうると述べています。
一方で著者らは、今回の実験の設計では、検出された成分の違いが、カビによる生合成が強まった結果なのか、培地そのものや培地に由来する前駆体の寄与なのかを区別できないと注意を促しています。そうした限界を踏まえつつも、本研究は培地の組成と香り成分の関係について新たな知見を加え、発酵食品の香りを狙いどおりに整えるための培地設計に理論的な手がかりを与えるものです。
原著論文の著者・所属:Dou Z(Laboratory of Feed Biotechnology of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Institute of Feed Research, Chinese Academy of Agricultural Sciences, Beijing 100081, China.)、Liu B(Laboratory of Feed Biotechnology of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Institute of Feed Research, Chinese Academy of Agricultural Sciences, Beijing 100081, China.)、Cai H(Laboratory of Feed Biotechnology of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Institute of Feed Research, Chinese Academy of Agricultural Sciences, Beijing 100081, China.)、Meng K(Laboratory of Feed Biotechnology of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Institute of Feed Research, Chinese Academy of Agricultural Sciences, Beijing 100081, China.)、Han Y(Laboratory of Feed Biotechnology of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Institute of Feed Research, Chinese Academy of Agricultural Sciences, Beijing 100081, China.)、Zhou J(Engineering Research Center for Valorization of Unique Bio-Resources in Yunnan, Ministry of Education, Yunnan Normal University, Kunming 650500, China.; School of Life Sciences, Yunnan Normal University, Kunming 650500, China.; Yunnan International Joint R&D Center for Sustainable Development and Utilization of Biological Resources, Yunnan Normal University, Kunming 650500, China.)、Liu W(Laboratory of Feed Biotechnology of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Institute of Feed Research, Chinese Academy of Agricultural Sciences, Beijing 100081, China.)、Yang P(Laboratory of Feed Biotechnology of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Institute of Feed Research, Chinese Academy of Agricultural Sciences, Beijing 100081, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dou Z, Liu B, Cai H, et al. Comparative Volatile Metabolites and Aroma Profiles of <i>Geotrichum candidum</i> GC1 Cultivated in Three Media. Metabolites 2026-09-29. DOI: 10.3390/metabo16100731. 原著ライセンス:CC BY.