著者の所属・活動拠点の国は、トルコ、イタリア、モロッコ、レバノンです。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:伝統的な多段階加工を科学的に記録する
モロッコには、焙煎した大麦や小麦の粉を使う「セッルー」や「ゼミタ」といった伝統食があり、宗教行事や祝いの場で親しまれてきました。著者らによると、都市化が進むにつれて、こうした手間のかかる多段階の加工は簡略化され、精製した粉をそのまま焙煎する方法に置き換わりつつあります。
個々の加工技術や工業的な処理はこれまでよく調べられてきました。一方で、複数の工程を順に重ねる伝統的な手作業の加工は研究が少ないと著者らは指摘します。工程を重ねると、それぞれを単独で調べただけでは分からない相乗的な効果が生じうるためです。さらに、成分の異なる品種を同じ伝統加工にかけて比べた研究も限られていました。
そこで研究チームは、モロッコ南部タタ地方のオアシスに伝わる穀物加工「バンデク」に注目しました。この加工が穀物の栄養成分、でんぷんの消化されやすさ、香り成分にどのような影響を与えるかを、性質の異なる4品種で比較しました。
何をどのように調べたか
材料には、性質の異なる4種類の穀物が使われました。1つ目は標準的なデュラム小麦の品種「スヴェーヴォ」です。2つ目はその高アミロース型「スヴェーヴォHA」で、もともと消化されにくいでんぷん(難消化性でんぷん)を多く含みます。3つ目は粒が軟らかいデュラム小麦「ファリドゥール」、4つ目は食物繊維の一種β-グルカンを多く含む皮なし大麦「チファア」です。
バンデクは、地元の経験豊富な加工者が伝統的な手順に沿って作りました。穀物を蒸し、天日で乾燥させ、金属の鍋と薪の火で焙煎する工程が含まれます。ばらつきを抑えるため、焙煎は同じ時期に同じ加工者が同じ道具で行いました。加工前の穀物とバンデクは、ふすまを取り除かずに同じ製粉機で全粒粉にしてから比較されました。
研究チームは色、たんぱく質、β-グルカン、難消化性でんぷん、ポリフェノール類、抗酸化能を測定しました。さらに、試験管内の消化試験から推定した血糖指数(GI)と、香りのもとになる揮発性成分も分析しました。推定GIは、食べた後に血糖値がどれだけ上がりやすいかの目安で、人を対象にした測定ではありません。
主な結果:栄養面と香りの変化、品種による違い
加工によって、すべての試料で色が暗くなり、赤みと黄みが増して、褐色化が進みました。著者らは、焙煎中に起こるメイラード反応(糖とアミノ酸などが反応して色や香りを生む反応)やカラメル化が主な原因と考えています。褐色化が最も強かったのはファリドゥールでした。
ポリフェノール類はすべての試料で増え、バンデクの総量は乾燥重量100グラムあたり没食子酸換算で約484〜502ミリグラムでした。チファアとファリドゥールで特に高い値でした。抗酸化能も3種類の測定法すべてで加工前より高まり、最も高かったのはチファアです。著者らは、加熱によって細胞壁に結びついていた成分が取り出しやすくなったことを理由の一つに挙げています。ただし、焙煎で生じる別の物質が測定値に影響した可能性にも触れています。
論文の結論によると、加工は難消化性でんぷんの形成を促し、推定GIを下げました。チファアは加工後もβ-グルカンを6.03%保ち、推定GIは53.78と最も低い値でした。スヴェーヴォHAは小麦由来の製品の中で難消化性でんぷんが最も多く(6.82%)、推定GIは60.73と比較的低い値でした。
香りの面では、加工によって揮発性成分の総量が3〜8倍に増えました。焙煎香に関わるピラジン類やフルフラール、アルデヒド類などが生じています。統計的な解析では、加工前の粉とバンデクの違いが最も大きな差として現れ、加工後の製品の間にも品種による違いが見られました。
研究が示すこと
著者らは、品種の選択と伝統的な加工の両方がバンデクの栄養的な特徴を左右していると結論づけています。最適な品種を一つに決めるのではなく、目的に応じて品種を選べるという見方です。たとえば、β-グルカンを重視するならチファア、難消化性でんぷんを重視するならスヴェーヴォHAが候補になるとしています。
一方で、個々の香り成分が実際の香りの感じ方や好みにどう関わるかは、官能評価で確かめる必要があると述べています。栄養面の効果も人を対象にした研究での検証が必要だとしています。この研究は、受け継がれてきた食の技術を科学的に記録し、その価値を品種との組み合わせから捉え直す試みといえます。
原著論文の著者・所属:Kübra Özkan(Yıldız Technical University)、Lorenzo Palombi(Nello Carrara Institute of Applied Physics, National Research Council)、Abderrazek Jilal(National Institute for Agricultural Research of Morocco (INRAM), Rabat P.O. Box 415, Morocco)、Ghizlane Salih(National Institute for Agricultural Research of Morocco (INRAM), Rabat P.O. Box 415, Morocco)、Francesco Sestili(Università degli Studi della Tuscia)、Çağla Özer(Istinye University)、Maria Tufariello(Institute of Sciences of Food Production, National Research Council)、Barbara Laddomada(Institute of Sciences of Food Production, National Research Council)、Osman Sagdic(Yıldız Technical University)、Andrea Visioni(International Center for Agricultural Research in the Dry Areas)、Samuela Palombieri(Università degli Studi della Tuscia)、Hamit Köksel(Istinye University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Kübra Özkan, Lorenzo Palombi, Abderrazek Jilal, et al. Effects of Traditional Moroccan Bandek Processing on Nutritional Composition, In Vitro Starch Digestibility, and Volatile Profiles of Barley and Durum Wheat Genotypes. Foods 2026-09-14. DOI: 10.3390/foods15183250. 原著ライセンス:CC BY.