著者の所属・活動拠点の国は、バングラデシュ、アメリカです。
掲載誌:Frontiers in Oral Health
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:課税の評価から抜け落ちてきた「歯と口」
炭酸飲料やエナジードリンク、味付き飲料などの砂糖入り飲料は、肥満や2型糖尿病、心臓病などの生活習慣病に深く関わるとして、世界的な健康課題になっています。対策として多くの国や都市が砂糖入り飲料への課税を導入してきましたが、その効果は主に肥満や糖尿病などの全身の病気について検討されてきました。
著者らはこの論考で、既存の研究や政策事例を整理し、課税が全身の健康だけでなく、むし歯や歯周病といった口の健康にどのような影響を与えうるのかを論じています。著者らが特に問題にしているのは、口の健康が課税政策の評価のなかで十分に扱われてこなかったという点です。
砂糖入り飲料と口の病気、そして増え続ける消費
論考ではまず、砂糖入り飲料の消費が子どもや若者を中心に世界で増えていることを示す先行研究を紹介しています。例えば、15〜39歳の若年層で砂糖入り飲料を多く飲む人の割合は、1990年の6.58%から2021年には11.13%に上昇したと報告されています。消費の伸びが特に大きいのはサハラ以南のアフリカやアジアの一部など低・中所得地域で、こうした地域では予防的な歯科・医療を受けにくい人が多いことから、著者らはこれを健康の問題であると同時に公平性の問題でもあると位置づけています。
砂糖入り飲料が口の病気に関わる仕組みとして、著者らは二つの経路を挙げています。一つは、飲料に含まれる糖をミュータンス菌などのむし歯菌が分解して酸をつくり、歯の表面のエナメル質を溶かす経路です。もう一つは、飲料そのものが酸性であるためにエナメル質が溶ける「酸蝕」の経路です。さらに、糖の摂取が多いことと歯周病との関連を示した観察研究も紹介されており、炎症を介した関わりが考えられるとしています。
口の病気がもたらす経済的負担も大きく、論考で引用された推計では、世界全体で年間7100億ドルを超え、そのうち約3870億ドルが治療費、約3230億ドルが生産性の損失とされています。世界保健機関(WHO)によれば、乳歯にむし歯のある子どもは5億3000万人を超え、永久歯の未治療のむし歯を抱える人は推計24億人にのぼります。
課税の効果に関する報告と、口の健康に関する証拠の乏しさ
著者らは、課税が飲料の購入や消費を減らしたとする各国の報告を紹介しています。メキシコでは2014年に1リットルあたり1ペソの課税が導入され、課税前の傾向と比べて、課税対象飲料の購入は2014年に約5.5〜6%、2015年には9.7〜12%減少したと報告されています。英国では2018年に糖分の量に応じて税率が上がる段階的な課税が始まり、メーカーが製品の糖分を減らす動きが生まれました。導入1年後には、清涼飲料由来の遊離糖(食品に加えられた糖など)の1日摂取量が、子どもで約3グラム、大人で約5グラム減ったとされています。複数の研究を統合した分析では、課税は飲料価格の上昇と、平均で約15%の販売減少に関連していたと報告されています。
一方で、口の健康への影響を調べた研究は非常に限られています。著者らが引用したレビューでは、口の健康に関する結果を評価した研究は5件しか見つからず、そのすべてが実際の効果を測ったものではなく、数理モデルによる予測研究でした。オーストラリアやオランダ、タイなどを対象にしたモデル研究では、課税によってむし歯が減る可能性が示されていますが、タイの研究では課税単独での効果は小さいと予測されています。
米国カリフォルニア州バークレー市の課税をめぐる議論でも、口の健康は重要な課題として認識されてはいたものの、キャンペーンでの言及は少なく、歯科専門職の関与も目立たなかったとされています。課税後の評価も、価格や販売量、肥満関連の指標が中心で、歯に関する結果は測定されていませんでした。
実際の歯科患者を対象にした数少ない評価の一つとして、著者らは米国フィラデルフィア市の例を紹介しています。8万3260人の歯科患者を調べたこの研究では、患者全体ではむし歯の減少との関連は見られませんでしたが、低所得層の多い公的医療保険(メディケイド)の患者では、新たなむし歯や、むし歯による喪失歯・治療歯の減少と関連していたと報告されています。
課税の課題と、この論考が示す意味
著者らは課税の課題にも触れています。低所得世帯ほど収入に占める税負担の割合が大きくなりやすいこと、課税されていない甘い食品などへ置き換えられる可能性があること、メーカーが砂糖を人工甘味料に置き換えた場合の長期的な影響は分かっていないこと、課税されていない近隣地域で購入されると効果が薄まることなどです。また、国ごとに消費行動や税の設計、市場の状況が異なるため、ある国の結果を別の国にそのまま当てはめるべきではないと指摘しています。
結論として著者らは、むし歯や歯周病は身近で予防可能でありながら、人々の間で負担に偏りのある病気であるにもかかわらず、課税政策の評価に十分組み込まれていないと述べています。そのため、政策の効果が実際より小さく見積もられている可能性があるとしています。著者らは、今後の政策評価では全身の健康や経済面の結果に加えて、口の健康も評価項目に含めるべきだと提言しています。
原著論文の著者・所属:Rahnuma Ahmad(Department of Physiology, Medical College for Women and Hospital, Dhaka, Bangladesh)、Muhammad Zubeir Noorani(Department of Medical Education, School of Medicine, University of Texas Rio Grande Valley (UTRGV))、Mainul Haque(Department of Pharmacology and Therapeutics, Eastern Medical College and Hospital)、Mohammed S. Razzaque(Department of Medical Education, School of Medicine, University of Texas Rio Grande Valley (UTRGV); Global Research Fellow, Faculty of Medicine, Universiti Kuala Lumpur Royal College of Medicine Perak (UniKL RCMP))
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Rahnuma Ahmad, Muhammad Zubeir Noorani, Mainul Haque, et al. Potential effects of sugar-sweetened beverage taxation on oral and systemic health outcomes. Frontiers in Oral Health 2026-08-12. DOI: 10.3389/froh.2026.1906968. 原著ライセンス:CC BY.