著者の所属・活動拠点の国は、インドネシア、アラブ首長国連邦です。
掲載誌:BMC Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
課税論議の先にある問いを探る
糖尿病や肥満、心血管疾患など、食生活と関わりの深い非感染性疾患は世界的な健康課題です。インドネシアでも負担は増えています。こうした疾患の要因の一つとして、砂糖入り飲料の摂り過ぎが知られています。論文によると、インドネシアの砂糖入り飲料の消費量は2020年に1人当たり年間20.23リットルで、東南アジアで3番目に多い水準でした。
世界保健機関(WHO)は、砂糖入り飲料への物品税を、消費を減らすための費用対効果の高い対策の一つとして推奨しています。インドネシアには、健康に害のある製品へ物品税の対象を広げることを認める税制調和法や、砂糖入り飲料への物品税を戦略的な方向性として示した国家中期開発計画など、課税を後押しする制度がすでにあります。それでも課税は実施されていません。
研究チームは、その背景にある政治的・経済的・社会文化的な要因に注目しました。そして、関係者が問題をどうとらえ、どのような政策が可能だと考え、政治的にどのような力学が働いているのかを明らかにすることを目的としました。
17人の関係者への聞き取りを3つの流れで整理
研究チームは、2022年12月から2024年4月にかけて、2回のグループ討論(フォーカスグループ)と5回の個別インタビューを行いました。参加したのは17人です。保健省、財務省、国家開発計画省、工業省、国家食品医薬品監督庁といった政府機関の担当者のほか、公衆栄養や代謝疾患の専門家、医療人類学者、経済学者、市民団体の関係者が含まれます。個別インタビューの一部は、グループ討論の参加者に改めて話を聞き、内容を深めるためのものでした。
語られた内容は、まず先入観を持たずに分類し、その後「複数の流れ理論」という政策研究の枠組みに沿って整理しました。この枠組みでは、関係者が何を解決すべき問題ととらえているかという「問題の流れ」、実行可能で受け入れられやすいと考える対策案を扱う「政策の流れ」、関係者や機関の利害、力関係、政治状況を扱う「政治の流れ」の三つに分けて、政策の動きを読み解きます。
主な結果:問題認識と対策案はあるが、省庁間の利害が分かれる
問題の流れでは、分野を問わず多くの参加者が、砂糖入り飲料の消費を差し迫った健康問題と認識していました。背景として挙げられたのが、インドネシアに根づく「甘い文化」です。人類学者の参加者は、ヤシ砂糖が古くから身近な甘味料だったことに加え、来客に甘いものを出すことがもてなしや温かさを表すという象徴的な意味を指摘しました。ただし、甘さを好む傾向には地域差があるという声もありました。
さらに、市販の高糖分製品が遠隔地にまで行き渡っていることや、テレビやソーシャルメディアの広告が甘いものを食べる習慣を当たり前にしていることも語られました。参加者は、こうした状況を、肥満を招きやすい食環境として説明しています。また、規制の届かない領域があることも課題として示されました。物品税が対象とするのは包装された加工飲料です。家庭で作られる飲み物や、零細・小規模事業者が売る作りたての伝統的な甘い飲料は、現在の監督権限の外にあるとされました。
政策の流れでは、政府・市場・地域社会の三つのレベルで対策案が出されました。最も議論されたのは物品税です。経済学者と食品医薬品監督庁の参加者は、それぞれ独自に、一律の税率ではなく糖分濃度に応じて段階的に税率を変える方式を勧めました。一律にすると、基準をわずかに下回る製品を作って課税を逃れる抜け道ができるというのが理由です。課税の目安としては、既存の「より健康的な選択」表示制度の基準である100ミリリットル当たり6グラムが最も多く話題になりました。税収の使い道をあらかじめ定めることや、包装前面の栄養表示の改善、製品の糖分を減らす改良を促す取り組みも挙げられました。地域社会のレベルでは、伝統食を悪者にせず、地域の文化に寄り添った健康教育を進めることが提案されました。かつての家族計画で、説得や地域・宗教の指導者の関与、伝統的な人形劇などを通じて行動変化を促した経験も参考例として挙げられています。
政治の流れでは、分野を超えて参加者が、既存の制度がすでに対策を認めていることから、政策を進める機会である「政策の窓」は存在すると認めていました。その一方で、省庁ごとの立場の違いが浮かび上がりました。保健省と食品医薬品監督庁は疾患対策に前向きでした。財務省の参加者は、既存の制度で課税が技術的に可能であることを認めつつ、近年の比較可能なデータがないとして分析の難しさを口にしました。工業省は、課税が地域経済に影響しうると述べ、規制や課税よりも消費者の知識や行動を重視する立場でした。著者らは、この姿勢が食品・飲料産業を守るという同省の役割と結びついていると分析しています。また、既存の制度の多くは任意にとどまり、制度と実際の運用の間に隔たりがあることや、権限が複数の機関に分かれているため一つの機関だけでは包括的な対策を進められないことも指摘されました。
課税だけでは足りないという示唆
著者らは、砂糖入り飲料への課税は有望な選択肢だが、それだけで消費を抑えるには不十分だと結論づけています。政府・市場・地域社会の各レベルで複数の分野が連携し、文化に配慮した取り組みを組み合わせることが必要だとしています。そのうえで、すでにある問題の認識や対策案に政治の流れを合わせていくには、省庁の垣根を越えた、より強い政治的な関与が求められると述べています。
この研究は、甘さが暮らしや人間関係に深く根づいた社会で健康政策を進めるには、税制の設計だけでなく、文化や行政の仕組みまで視野に入れる必要があることを、関係者自身の声から描き出しています。
原著論文の著者・所属:Mohammad Kurniawan(Department of Neurology, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jakarta, Indonesia; Evidence-Based Health Policy Center, Indonesian Medical Education and Research Institute, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jl. Salemba Raya No. 6, Jakarta, 10430, Indonesia)、Nico Gamalliel(Evidence-Based Health Policy Center, Indonesian Medical Education and Research Institute, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jl. Salemba Raya No. 6, Jakarta, 10430, Indonesia)、Fona Qorina(Evidence-Based Health Policy Center, Indonesian Medical Education and Research Institute, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jl. Salemba Raya No. 6, Jakarta, 10430, Indonesia)、Salsabila Khairunnisa(Evidence-Based Health Policy Center, Indonesian Medical Education and Research Institute, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jl. Salemba Raya No. 6, Jakarta, 10430, Indonesia)、Ayers GI Kalaij(Evidence-Based Health Policy Center, Indonesian Medical Education and Research Institute, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jl. Salemba Raya No. 6, Jakarta, 10430, Indonesia)、Reyhan Eddy Yunus(Department of Radiology, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jakarta, Indonesia; Evidence-Based Health Policy Center, Indonesian Medical Education and Research Institute, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jl. Salemba Raya No. 6, Jakarta, 10430, Indonesia)、Tommy Dharmawan(Department of Surgery, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jakarta, Indonesia; Evidence-Based Health Policy Center, Indonesian Medical Education and Research Institute, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jl. Salemba Raya No. 6, Jakarta, 10430, Indonesia)、Dian Kusuma(Department of Public Health and Epidemiology, College of Medicine and Health Sciences, Khalifa University of Science and Technology, Abu Dhabi, United Arab Emirates)、Ahmad Fuady(Department of Community Medicine, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jakarta, Indonesia; Evidence-Based Health Policy Center, Indonesian Medical Education and Research Institute, Faculty of Medicine, Universitas Indonesia, Jl. Salemba Raya No. 6, Jakarta, 10430, Indonesia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Mohammad Kurniawan, Nico Gamalliel, Fona Qorina, et al. Beyond taxation: a qualitative analysis of policy challenges in controlling sugar-sweetened beverages consumption in Indonesia. BMC Nutrition 2026-10-17. DOI: 10.1186/s40795-026-01509-8. 原著ライセンス:CC BY.