著者の所属・活動拠点の国は、タイです。
掲載誌:Veterinary World
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF
筋肉にも脂肪にもなるのは、同じ細胞なのか
研究チームは、成牛の筋肉から細胞を取り出して増やす方法を整えるとともに、得られた細胞集団が筋肉と脂肪の両方へ分化する理由を調べました。焦点は、一つ一つの細胞が両方になる能力を持つのか、それとも異なる分化先を持つ細胞が混ざっているために、集団として両方になるように見えるのか、という点です。
対象は、通常の食肉処理で得られたタイ・フランス交雑牛の成雄の筋肉でした。細胞を取り出す手順の検証には3頭の組織を使い、細胞構成や分化能力の詳しい解析には、そのうち1頭の肩ロース内の異なる位置から得た3つの試料を用いました。
同じ個体でも、採取位置によって細胞構成が異なる
著者らは、組織を酵素でほぐして細胞を取り出し、培養して増やしました。この手順では、組織1グラム当たり平均約51万個の生きた細胞が得られ、分別前の培養後には95%を超える細胞で、細胞表面の目印であるCD29が確認されました。
研究チームはさらに、別の目印であるCD56の有無によって、筋肉づくりを担う衛星細胞(SC)と、脂肪や筋肉を支える組織の形成に関わる線維脂肪前駆細胞(FAP)を分けました。培養後の集団における両者の割合は試料間で大きく異なり、SC対FAPの比は、FAPが多い試料では4.3対95.1、SCが多い試料では96.0対3.8でした。著者らは、同じ個体の肩ロース内でも、採取位置によって細胞集団の構成が大きく異なると報告しています。
分けた細胞は、それぞれ異なる分化反応を示した
分別したFAPを脂肪細胞への分化を促す条件で14日間培養すると、細胞内に脂質が蓄積し、脂肪細胞に関連する遺伝子の働きが高まりました。一方、SCを筋肉への分化を促す条件で7日間培養すると、複数の核を持つ細長い筋管状の構造ができ、筋肉に特徴的なタンパク質や分化に関わる遺伝子の発現が確認されました。
SCとFAPを分けない細胞集団でも、脂肪への分化を促す条件では脂質の蓄積が目立ち、筋肉への分化を促す条件では筋肉に特徴的なタンパク質の反応が強まりました。著者らは、こうした集団全体の反応を、もともと含まれていた異なる種類の細胞が、それぞれの条件に応じて分化した結果として解釈しています。
集団の能力と、一つの細胞の能力を区別する
論文は、CD29を持つ筋肉由来細胞を、どの細胞も筋肉と脂肪の両方になれる均一な集団とみなすより、分化の方向が異なる細胞の混合として捉える方が、今回の結果をよく説明するとしています。ただし、詳しい解析は1頭由来の3試料に基づいており、報告された細胞の割合を、この交雑牛全体に当てはめることはできません。
この研究が示すのは、細胞集団が筋肉にも脂肪にも分化したという観察だけでは、個々の細胞が両方になる能力を持つとは限らないということです。集団にどのような細胞が、どれだけ含まれるかが、分化の結果を理解する重要な手がかりになります。
原著論文の著者・所属:Saowaluk Saisomboon(Khon Kaen University)、Kulthida Vaeteewoottacharn(Khon Kaen University)、Nutsara Settha(Khon Kaen University)、Jatuporn Pattanachot(Khon Kaen University)、Raynoo Thanan(Khon Kaen University)、Vichai Leelavatcharamas(Khon Kaen University)、Kantiya Petsong(Khon Kaen University)、Rina Patramanon(Khon Kaen University)、Araya Chaoruangrit(Khon Kaen University)、Thidarut Boonmars(Khon Kaen University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Saowaluk Saisomboon, Kulthida Vaeteewoottacharn, Nutsara Settha, et al. Spatial heterogeneity of lineage-committed muscle stem cell subpopulations challenges bipotency assumptions in Thai-French crossbred cattle. Veterinary World 2026-09-14. DOI: 10.14202/vetworld.2026.4025-4041. 原著ライセンス:CC BY.