著者の所属・活動拠点の国は、スイスです。

掲載誌:CHIMIA International Journal for Chemistry

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

料理の色の変化を化学の教材にする

ロブスターなど一部の甲殻類は、生のときは灰青色ですが、加熱すると橙色からピンク色に変わります。この記事は、身近なこの色の変化がどのような化学的な仕組みで起こるのかを、これまでの研究成果をもとに解説したものです。化学と自然を結びつけて教師が授業で取り上げられる題材を紹介するコラムの一つとして書かれており、新しい実験の報告ではなく、既存の知見を整理して教材として示すことを目的としています。

著者はまず、色の見え方と光の関係を確認しています。物質は特定の波長の光を吸収し、私たちはその残りの光を色として見ています。吸収する光が長い波長の側へずれることを「深色移動(赤方偏移)」、短い波長の側へずれることを「浅色移動(青方偏移)」と呼びます。記事の題名にある「浅色移動」は、加熱によってロブスターの殻の色素が吸収する光の波長が短い側へ移ることを指しています。記事では例として、ロブスターの尾を200℃で15分加熱したときに殻の色が灰青色から橙色に変わる様子が示されています。

青い殻の正体は「たんぱく質に包まれた橙色の色素」

記事によると、1933年にドイツ・ハイデルベルクの化学者リヒャルト・クーンとエドガー・レーデラーが、生のロブスターの殻の青色はカロテノイド色素とたんぱく質が結びついた複合体に由来すると報告しました。この複合体は現在「α-クラスタシアニン」と呼ばれています。

その中に含まれる色素がアスタキサンチンです。アスタキサンチンは、ニンジンなどに含まれるβ-カロテンの仲間の橙色の色素です。記事によれば、アスタキサンチンをヘキサンという溶媒に溶かすと、最もよく吸収する光の波長は472ナノメートルで、橙色に見えます。ところがα-クラスタシアニンの中に取り込まれると、吸収のピークは632ナノメートルまで長波長側へ移り、灰青色に見えるようになります。

α-クラスタシアニンは、より小さな単位であるβ-クラスタシアニンが8個集まってできています。β-クラスタシアニンはそれぞれ二つのたんぱく質部分と二つのアスタキサンチン分子からなり、切り離しても青色を保ちます。結晶構造の解析からは、二つのアスタキサンチン分子がたんぱく質部分の間にあるくぼみに収まっている様子が分かっています。

色素が青く見える二つの理由

なぜ同じ色素が、たんぱく質と結びつくとこれほど大きく色を変えるのか。記事によれば、この点はおよそ70年にわたって議論されてきました。その理解には、たんぱく質の結晶構造解析と、分光法による測定や理論計算が中心的な役割を果たしてきたといいます。

一つ目の理由は分子の形の変化です。単独のアスタキサンチンでは、分子の長い鎖の両端にある六角形の環が、環についたメチル基どうしの混み合いのために、鎖に対しておよそ50度ねじれています。たんぱく質の中では、たんぱく質との相互作用によってこのねじれが小さくなり、分子全体が平たくなります。その結果、鎖に沿って電子が広がる「共役」と呼ばれる状態が両端の環にまで延び、吸収する光が長い波長側へずれます。

しかし記事によると、理論的な研究からは、この形の変化だけでは色の移り変わりの大きさを説明しきれないことが示されていました。残りの謎は2015年の研究で解かれたと紹介されています。たんぱく質のくぼみの中では、アスタキサンチンがたんぱく質のヒスチジンやチロシンといったアミノ酸の部分と相互作用し、水素イオンを失って「エノラート」と呼ばれる負の電荷を帯びた形に変わります。この負の電荷は分子の鎖全体に広がり、これも吸収の長波長側へのずれにつながります。

加熱で何が起きるのか、そしてこの題材の意味

記事は、加熱による色の変化を次のように説明しています。加熱によって殻のたんぱく質が熱で変性すると、アスタキサンチンはたんぱく質と強く水素結合した状態ではなくなり、くぼみから外れて元の形に戻ります。同時に、分子は再び両端の環がねじれた形になり、鎖に沿った共役も短くなります。これらが合わさって吸収のピークが大きく短波長側へ移り、色は灰青色から橙色へ変わります。つまり、ゆでたロブスターの橙色は、たんぱく質から解き放たれたアスタキサンチン本来の色だということです。

一方で、なぜロブスターが橙色の色素をわざわざたんぱく質で包み込み、灰青色に変えているのかは、記事の中でもはっきりしないとされています。著者は、目立つ橙色よりも灰青色の方が海底で身を隠すのに役立つ可能性に触れつつ、それは推測にとどまるとしています。

著者らが強調するのは、この見慣れた料理の光景を理解するには、分光測定、結晶構造の情報、モデルとなる化合物の溶液での研究、理論計算を組み合わせる必要があったという点です。台所で見られる色の変化の裏に、分子の形と電子の状態をめぐる複数の手がかりが重なっていることを示す、授業で議論しやすい題材だと記事は結んでいます。

原著論文の著者・所属:Catherine E. Housecroft(Department of Chemistry, University of Basel, BPR 1095, Mattenstrasse 22, Postfach, CH-4002 Basel)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Catherine E. Housecroft. Blushing Lobsters: A Culinary Hypsochromic Shift. CHIMIA International Journal for Chemistry 2026-08-18. DOI: 10.2533/chimia.2026.548. 原著ライセンス:CC BY.