著者の所属・活動拠点の国は、イラクです。
掲載誌:Kirkuk journal of science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
ビタミンDは骨や筋肉の健康に関わるだけでなく、免疫の働きの調節にも関わる栄養素です。世界で10億人を超える人が、血中のビタミンDが不足または欠乏した状態にあるとされています。また、甲状腺ホルモンが足りなくなる「甲状腺機能低下症」の患者ではビタミンDの値が低い傾向があることが、これまでの研究で報告されてきました。
甲状腺機能低下症の原因のひとつに、免疫が自分の甲状腺を攻撃してしまう自己免疫性の病気(橋本病など)があります。このとき血液中には、甲状腺のたんぱく質を標的とする「自己抗体」が現れます。代表的なものが、甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)に対する抗TPO抗体と、サイログロブリン(Tg)に対する抗Tg抗体です。
研究チームが注目したのは、イラク・クルディスタン地域のエルビル市です。著者らによれば、この地域は一年の大半で日差しが豊富であるにもかかわらずビタミンD欠乏が多く、その背景には服装の習慣、ビタミンDを強化した食品が少ない食生活、屋外活動の少ない都市型の生活があるとされています。そこで研究チームは、この地域の中年期の女性を対象に、甲状腺機能低下症とビタミンDの状態、そして甲状腺自己抗体との関係を調べました。
何を調べたか
研究は、病気のある人と健康な人を比べる「症例対照研究」という方法で行われました。対象はエルビル市内の複数の病院を受診した40〜65歳の女性90人で、原発性甲状腺機能低下症と診断された45人と、年齢をそろえた健康な女性45人です。調査期間は2025年8月から2026年4月までの約8か月間でした。ほかの内分泌の病気や心臓・腎臓・肝臓の病気がある人、妊娠中の人、喫煙者、ビタミンDのサプリメントを使っている人などは対象から除かれました。
参加者からは朝の空腹時に採血し、甲状腺の働きを示すTSH(甲状腺刺激ホルモン)、FT3・FT4(甲状腺ホルモン)、血中のビタミンD(体内のビタミンDの状態を表す指標である25-ヒドロキシビタミンD)、そして抗Tg抗体と抗TPO抗体を測定しました。あわせて、面接式の質問票で年齢や体格指数(BMI)などの情報を集めています。
分析では、まず2つのグループの平均値を比較しました。次に、甲状腺機能低下症の女性の中で、ビタミンDの値とTSH、2種類の自己抗体、BMIがどのように連動しているかを調べ、さらにこれらを同時に考慮したうえで、どの要因がビタミンDの値と独立して関係しているかを統計的に検討しました。
主な結果
2つのグループの平均年齢はほぼ同じでしたが、BMIは甲状腺機能低下症の女性のほうが高くなっていました。甲状腺機能低下症の女性ではTSHが高く、FT3とFT4は低いという、この病気に典型的な結果が確認されています。
血中のビタミンDの平均値は、甲状腺機能低下症の女性で18.5 ng/mL、健康な女性で25.33 ng/mLで、患者のグループのほうが統計的に有意に低い値でした。甲状腺機能低下症の女性のうち67%がビタミンD「欠乏」(20 ng/mL未満)、22%が「不足」(20〜29 ng/mL)に分類され、十分な値を示したのは11%にとどまりました。
甲状腺自己抗体は、患者のグループで大きく上昇していました。抗Tg抗体の平均は患者で134.3 IU/mL、健康な女性で13.93 IU/mL、抗TPO抗体は患者で154.1 IU/mL、健康な女性で24.83 IU/mLでした。著者らは、この結果から、今回の患者の多くが橋本病などの自己免疫性の甲状腺炎を抱えていると考えています。
甲状腺機能低下症の女性の中で見ると、自己抗体の値が高い人ほどビタミンDの値が低いという、はっきりした逆向きの関係が見られました。一方、ビタミンDとTSH、ビタミンDとBMIの間には統計的に有意な関係は見られませんでした。TSH、2種類の自己抗体、BMIを同時に考慮した分析でも、ビタミンDの値と独立して関係していたのは抗TPO抗体と抗Tg抗体だけでした。
結果が示すこと
著者らはこれらの結果から、甲状腺機能低下症の女性に見られるビタミンDの低さは、甲状腺ホルモンの不足の程度や体格よりも、甲状腺に対する自己免疫の状態と結びついていると解釈しています。そのうえで、ビタミンD不足が自己免疫反応の成り立ちに関わっている可能性を指摘しています。
ただし、著者ら自身も述べているとおり、この研究は一時点の観察にもとづくもので、示されたのは統計的な関連であり、ビタミンD不足が自己免疫を引き起こすという因果関係までは確かめられていません。日光を浴びる時間や食事からのビタミンD摂取量、採血の季節、閉経の有無などは十分に考慮されておらず、対象も一つの地域の女性に限られています。
それでも、日差しの豊富な地域であっても甲状腺機能低下症の中年期女性の多くがビタミンD不足の状態にあり、その低さが甲状腺自己抗体の高さと連動していたという報告は、ビタミンDと甲状腺の自己免疫との結びつきを地域の実情に即して示した一例といえます。
原著論文の著者・所属:Fargeen Ezzaddin ALmukhtar(Pharmacology, Medical Physics, and Clinical Biochemistry Department, College of Medicine, Hawler Medical University, Erbil, Iraq)、Nevine Jasim Karash(Medical Physiology and Microbiology Department, College of Medicine, Hawler Medical University, Erbil, Iraq)、Halala Hatem Mohammed(Pharmacology, Medical Physics, and Clinical Biochemistry Department, College of Medicine, Hawler Medical University, Erbil, Iraq)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Fargeen Ezzaddin ALmukhtar, Nevine Jasim Karash, Halala Hatem Mohammed. (Association between Vitamin D Deficiency and Thyroid Autoantibodies in Midlife Women with Hypothyroidism in Erbil, Iraq). Kirkuk journal of science 2026-09-01. DOI: 10.32894/kujss.2026.173627.1346. 原著ライセンス:CC BY.