著者の所属・活動拠点の国は、インドです。
掲載誌:Frontiers in Pharmacology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
脳の炎症と、長く使える治療の選択肢を探す目的
脳や脊髄などの中枢神経系では、病気の原因や悪化の要因として「神経炎症」が関わることが多いとされています。神経炎症とは、脳内の免疫細胞であるミクログリアや、神経を支えるアストロサイトが活性化し、TNF-α、IL-1β、IL-6といった炎症を促す物質(炎症性サイトカイン)を放出する状態です。これが長引くと、神経細胞だけでなく周囲の細胞にも損傷が及びます。
著者らは、神経炎症と酸化ストレス(活性酸素による細胞の傷害)が互いを引き起こし強め合う関係にあることを指摘しています。活性化した免疫細胞は活性酸素を多く生み出すため悪循環が生じます。そのため、神経炎症を早い段階で抑えることは、両方を抑え、取り返しのつかない組織の損傷を防ぐ機会になると述べています。
一方、現在使われているステロイド薬や非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、長く使うと消化管、心血管、肝臓、腎臓などに障害が生じるおそれがあります。そこで研究チームは、食品や食用ハーブに含まれる植物由来の生理活性成分(フィトケミカル)に注目しました。この総説の目的は、神経炎症を抑える効果が前臨床研究で確かめられている食品由来成分を洗い出し、臨床試験の対象として検討しうる候補を示すことです。
どのように文献を集め、どの成分を選んだか
著者らはPubMed、Scopus、Web of Science、Google Scholarを使い、成分名と神経炎症、ミクログリア、炎症性サイトカイン、酸化ストレスなどの語を組み合わせて文献を検索しました。初代培養細胞を用いた実験や動物モデルを中心とする前臨床研究を主な根拠としています。一方、株化細胞だけを使った研究、査読を経ていない文献、英語以外の文献、方法の記載が不十分な研究などは除外しました。
そのうえで、根拠の量と一貫性、作用の仕組みがどこまで解明されているか、複数の実験モデルで効果が示されているかといった観点から、10種類の成分を詳しく取り上げました。ツボクサに含まれるアシアチコシドとアシアチン酸、ショウガのジンゲロールとショウガオール、甘草のグリチルリチン(グリチルリチン酸)、マンゴーのマンギフェリン、コショウのピペリン、ザクロのプニカラギン、ブロッコリーなどアブラナ科野菜のスルフォラファン、ニゲラ(ブラッククミン)のチモキノンです。レスベラトロールとクルクミンも神経炎症を抑えることが知られていますが、最近の総説ですでに詳しく扱われているため対象から外し、まとまった整理が比較的少ない成分に焦点を当てたとしています。
なお、この総説は叙述的な文献レビューであり、複数研究の数値を統計的に統合するメタ解析は行っていません。
動物実験などで報告された主な作用
著者らがまとめた前臨床研究では、これらの成分が脳虚血、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病、多発性硬化症のモデル、脊髄損傷、外傷性脳損傷、細菌成分(LPS)による炎症、うつ状態のモデルなど、さまざまな動物モデルで試されていました。多くの研究で、TNF-α、IL-1β、IL-6などの炎症性物質が減り、炎症の司令塔となるNF-κBという分子の働きや、炎症を増幅する仕組みであるNLRP3インフラマソームの活性化が抑えられたと報告されています。活性化したミクログリアやアストロサイトの目印となる細胞の数が減ったという報告もありました。
成分ごとの特徴も整理されています。たとえばグリチルリチンは、細胞から放出されて炎症を広げるHMGB1というたんぱく質を起点とする経路を介して作用すると論文は述べています。スルフォラファンとチモキノンについては、細胞の抗酸化防御を担うNRF2の働きを高めることが報告されています。こうした分子レベルの変化に加え、動物の学習・記憶、運動機能、うつ様行動などの改善が報告された研究も多く含まれていました。
一方で、神経炎症を直接の標的としてヒトで検証した研究はごく限られていました。著者らが紹介した例の一つは、炎症の強いうつ病患者を対象にグリチルリチン酸を補助的に用いたランダム化プラセボ対照試験で、血液中のTNF-αとうつ症状が減ったという報告です。スルフォラファンでは、主に自閉症の子どもを対象とした単独投与の臨床試験が行われています。18週間の試験では行動面の改善が報告されたものの炎症への作用は調べられておらず、3〜12歳の57人を対象とした15週間の二重盲検プラセボ対照試験では、酸化ストレスの指標の改善やIL-6、TNF-αの減少も報告されました。それ以外の成分については、神経疾患に対する単独の治療として検証した研究は、薬物動態の研究を除いて見つからなかったとしています。
この総説が示すこと
著者らは、前臨床研究の結果をそのままヒトに当てはめることには慎重であるべきだと強調しています。投与量や投与経路、病気のモデル、体内での代謝や吸収のされ方が異なるためです。また、これらの成分は体内に吸収されにくい、水に溶けにくい、安定性が低いといった性質を持つことが多く、臨床応用の妨げになっています。
そのうえで研究チームは、新しい病気のモデルで効果を試したり新たな作用の仕組みを探したりするよりも、治療効果を保ちながら吸収されやすくし、全身の副作用を減らす改良を優先すべきだと提言しています。さらに、吸収性、適切な投与量、長期の安全性、薬との相互作用の少なさを標準化された前臨床試験で確かめ、有望な成分やその組み合わせを絞り込むことが、慢性的な神経炎症への対応に欠かせないとしています。食品由来成分の可能性と、それをヒトの治療につなげるまでの距離の両方を整理した総説といえます。
原著論文の著者・所属:Kumar M. R. Bhat(Department of Anatomy, Kasturba Medical College, Manipal Academy of Higher Education)、Raghavendra Upadhya(Department of Biotherapeutics Research, Manipal Academy of Higher Education)、Aashika Nayak(Department of Anatomy, Kasturba Medical College, Manipal Academy of Higher Education)、Anjaneyulu Konuri(Department of Anatomy, Manipal Tata Medical College, Manipal Academy of Higher Education)、Praveen Kumar S. E.(Department of Pharmacology, Manipal Tata Medical College, Manipal Academy of Higher Education)、Murali Adiga(Department of Physiology, Kasturba Medical College, Manipal Academy of Higher Education)、Vasanthalaxmi K Rao(Department of Physiology, Kasturba Medical College, Manipal Academy of Higher Education)、Dinesh Upadhya(Department of Anatomy, Kasturba Medical College, Manipal Academy of Higher Education)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Kumar M. R. Bhat, Raghavendra Upadhya, Aashika Nayak, et al. Dietary phytochemicals targeting neuroinflammation: mechanisms, bioavailability and translational challenges. Frontiers in Pharmacology 2026-10-26. DOI: 10.3389/fphar.2026.1943126. 原著ライセンス:CC BY.