この研究は、キプロスの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Nutrients
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
たばこの依存には、体内でニコチンがどれくらい速く分解されるかが関わっているとされています。研究チームは、ニコチンの分解を担う主要な酵素であるCYP2A6(シトクロムP450 2A6)に着目しました。CYP2A6の働きを抑えることは、ニコチンへの曝露を調整する方策として提案されてきた考え方です。著者らは、ニコチンをより速く分解する人はより強い依存的行動を示すことがあり、同じ効果を得るために量と回数が増えて依存が強まる、という先行研究の指摘を背景として挙げています。またCYP2A6には遺伝的な多型があり、酵素の働きには個人差が大きいことも知られています。
これまでのCYP2A6阻害物質の探索は、個々の天然化合物や特定の薬用植物を対象にした試験が中心で、成分とその食品としての出どころを体系的に結びつけるものではなかった、と著者らは整理しています。そこでこの研究は、計算による解析と実験による検証を組み合わせ、食品に由来し入手しやすい成分の中から、CYP2A6が担うニコチン代謝に関わりうる候補を見つけ出すことを目的としました。
どのように調べたか
研究チームは三つの段階からなる手順を用いました。第一に、食品・生体活性成分・標的タンパク質・疾患の関連を整理したデータベースFooDisNETを使い、CYP2A6と関連づけられる食品と、それらに含まれる成分を洗い出しました。そのうえで「多数決(majority voting)」と呼ばれる集計、つまり多くのCYP2A6関連食品に共通して現れる成分を頻度の高い順に並べる方法で、検討する成分に優先順位をつけました。
第二に、選んだ成分を実験で評価しました。用いたのはマウスの肝臓から調製したミクロソーム(酵素を含む細胞内画分)を使った試験で、対象酵素はマウスのCYP2A5です。CYP2A5はヒトCYP2A6の機能的な対応物(オルソログ)として広く扱われている酵素で、著者らはアミノ酸配列の類似性が約84%であること、両酵素がニコチンの代謝に関与することなどを根拠に挙げています。酵素活性は、基質クマリンから生じる蛍光性の代謝物を測ることで評価し、成分を加えない対照と比べた阻害の程度を調べました。
第三に、実験で阻害作用が確かめられた成分を再び食品へとたどり、それらの成分を含む食品や食事パターンを検討しました。なお、著者ら自身が述べているとおり、CYP2A5はCYP2A6と同一ではないため、ここで得られた阻害作用はヒトの肝ミクロソームや組換えヒトCYP2A6を用いた確認が必要だとされています。
主な報告結果
データベース検索では、CYP2A6と関連する食品が3078件見つかり、関連成分の数で上位に並んだのはトウモロコシ、ショウガ、チャ、シナニッケイ(中国桂皮)、ウイキョウ(フェンネル)などでした。著者らは、この成分数はデータベース上の関連の多さを示す指標であり、実験で確認された阻害を意味するものではないと注記しています。関連食品に含まれる成分を集計すると196種類が抽出され、多数決解析ではニコチン酸、α-トコフェロール、L-アスコルビン酸などが多くの食品にまたがって現れました。
上位20成分のうち14成分を1 mMの濃度で実験にかけたところ、70%を超える阻害を示したのは4成分でした。ゲラニオール、1,8-シネオール、ベンズアルデヒド、カンファー(樟脳)です。これら4成分は濃度に応じて阻害が強まり、阻害が半分になる濃度(IC50)は1,8-シネオールが0.018 mM、カンファーが0.011 mM、ベンズアルデヒドが0.13 mM、ゲラニオールが0.026 mMと報告されています。さらに低い0.005 mMでは各成分単独の阻害は控えめでしたが、4成分をそれぞれ0.005 mMで混ぜた場合の阻害は49.62%となり、著者らはこれを試験条件下での相加的な効果と述べています。比較のために置かれた既知の強い阻害物質8-メトキシプソラレンは、同じ0.005 mMで73.44%の阻害を示しました。
4成分をすべて含むCYP2A6関連食品を照合すると、14の食品が共通して挙がりました。シナニッケイ、マンダリンオレンジ(クレメンタイン、タンジェリン)、ターメリック(ウコン)、ウイキョウ、トウモロコシ、ショウガ、および数種のヨモギ類(Artemisia montana、A. capillaris、A. princeps、A. argyi)、アケビ類(Akebia trifoliata、A. quinata)、Mosla chinensis、Elsholtzia ciliataです。著者らはこれらの食品が地中海食や伝統的な中国の食事パターンと重なることを指摘する一方、ここで述べる食品の組み合わせは今後検討すべき選択肢であって、CYP2A6阻害のための確立した栄養上の推奨ではない、と明記しています。
ヒトでの曝露についても、公表文献の整理が示されています。ターメリック(Curcuma longa)の根茎の分析値と韓国の食事調査で報告された摂取量を組み合わせた試算では、ターメリック由来の1,8-シネオールの1日摂取量は約0.052〜0.200 mgと見積もられました。既報のヒト薬物動態試験では、1.02 mgの1,8-シネオールの摂取後の血中最高濃度は0.019 µMでしたが、約139 mgの1,8-シネオールに相当する濃縮製剤の投与では、空腹時で約1.09 µM、食後で約3.36 µMと報告されています。ゲラニオール、カンファー、ベンズアルデヒドについては、比較に使えるヒト血中濃度のデータが見つからなかったとされています。著者らは、これらの試算は加工や成分のばらつき、吸収のされ方を考慮していないため慎重に解釈すべきであり、ヒトのCYP2A6を実際に調整できる濃度に届くかどうかは今後の薬物動態研究で確かめる必要があると述べています。
この研究が示すこと
この研究は、データベースを使った体系的な絞り込みと実験による検証をつなぐことで、日常の食品に含まれる4つの成分がCYP2A5を阻害することを実際に示しました。成分から食品へと戻ってたどる手順により、これまで個別の化合物の話にとどまりがちだった知見を、食卓に並ぶ食材という形で見渡せるようにした点が特徴です。
同時に、著者らは何が未解明かも明確にしています。マウスの酵素で得られた結果であること、成分単独ではなく組み合わせでの効果がヒトで到達しうる濃度で起こるかは分かっていないこと、そしてCYP2A6の遺伝的な個人差によって影響の受け方が異なりうること。ニコチン代謝と食事のつながりを考えるうえで、どこまでが確かめられ、どこからが検討課題なのかを線引きした報告として読むことができます。
著者:Marilena M. Bourdakou(Bioinformatics Department, The Cyprus Institute of Neurology and Genetics, 2371 Nicosia, Cyprus)、Elena Philippou(Department of Life Sciences, School of Life and Health Sciences, University of Nicosia, 2417 Nicosia, Cyprus)、Iosif Orfanos(Bioactive Molecules Research Center, School of Life and Health Sciences, University of Nicosia, 2417 Nicosia, Cyprus)、George M. Spyrou(Bioinformatics Department, The Cyprus Institute of Neurology and Genetics, 2371 Nicosia, Cyprus)、Lefteris C. Zacharia(Bioactive Molecules Research Center, School of Life and Health Sciences, University of Nicosia, 2417 Nicosia, Cyprus)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Marilena M. Bourdakou, Elena Philippou, Iosif Orfanos, et al. In Silico Exploration of Foods and Compounds That Modulate Nicotine Metabolism. Nutrients 2026-09-25. DOI: 10.3390/nu18193162. 原著ライセンス:CC BY.