著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Biology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
桑の葉(Morus alba L.)はポリフェノールやフラボノイド、多糖、そして糖の代謝に関わる成分として知られる1‑デオキシノジリマイシン(1‑DNJ)などを含み、機能性食品の素材として注目されてきました。一方で桑は養蚕用の葉としても重要で、中国では2016年時点で約79万ヘクタールもの桑畑があると報告されています。ただし乾燥(水不足)は葉の成長や光合成、水分状態を悪化させ、葉の生産量そのものを減らしてしまう要因になります。この研究は、微量元素であるセレンを葉に散布することで、乾燥によるダメージを和らげつつ、機能性成分を高められないかを調べたものです。
どのように調べたのか
中国・黒竜江省のハルビン学院などに所属する研究者らが、桑の品種「龍桑1号(Longsang No. 1)」の苗を用い、2025年に30日間の鉢植え実験を行いました。苗は、通常の水やり+界面活性剤入りの対照液を散布する区(CK)、通常の水やり+亜セレン酸ナトリウム散布区(Se)、乾燥ストレス+対照液散布区(D+CK)、乾燥ストレス+亜セレン酸ナトリウム散布区(D+Se)の4群に分けられました。通常区は土壌の最大保水量の70〜75%、乾燥区は40〜45%に水分を管理し、亜セレン酸ナトリウムは10マイクロモル(濃度換算で約0.79mg/L)という比較的低い濃度で、処理開始24時間前と7日目の2回、葉の両面に散布されています。この濃度は「最適な投与量」ではなく、過剰投与のリスクを避けた控えめな設定として選ばれた点が明記されています。
30日後、草丈や葉面積、地上部の乾燥重量、葉の相対含水率といった成長指標に加え、光合成速度や気孔の開き具合、クロロフィル蛍光による光化学系II(PSII)の機能、活性酸素や脂質の酸化損傷の指標(過酸化水素、マロンジアルデヒドなど)、抗酸化酵素(SOD、POD、CAT、APXなど)の活性、そして総ポリフェノール、総フラボノイド、1‑DNJ、多糖、クロロゲン酸、ルチン、ケルセトルといった機能性成分、さらに葉に取り込まれた総セレン量とin vitro(試験管内)での抗酸化能(DPPH、ABTS、FRAPという3種の指標)まで、幅広い項目が測定されました。
研究でわかったこと
乾燥ストレスのみを受けた区(D+CK)では、対照区(CK)と比べて草丈が23.3%、葉面積が34.7%、地上部の生重量が40.6%、乾燥重量が30.8%、葉の相対含水率が23.4%、それぞれ減少しました。光合成に関しても、純光合成速度が48.0%、気孔コンダクタンスが56.3%、蒸散速度が46.8%低下する一方、細胞間隙のCO2濃度はむしろ17.2%増加しており、著者らは気孔の閉鎖だけでなく、光合成装置そのものの機能低下(非気孔性の制限)も関わっていると解釈しています。クロロフィル蛍光の指標でもPSIIの効率低下が見られ、余分な光エネルギーを熱として逃がす働き(NPQ)は75.3%増加しました。酸化損傷の指標である過酸化水素や活性酸素(スーパーオキシドアニオン)、マロンジアルデヒド、電解質の漏出も乾燥区で大きく増加しています。
これに対し、乾燥ストレス下でセレンを散布した区(D+Se)は、対照的な乾燥区(D+CK)と比べて草丈が18.6%、葉面積が32.0%、地上部生重量が38.4%、葉の相対含水率が18.5%それぞれ増加し、光合成速度も55.7%、気孔コンダクタンスも69.3%高くなりました。PSIIの機能指標も回復傾向を示し、酸化損傷の指標は32〜35%程度低下する一方、抗酸化酵素の活性は20〜28%ほど高まっていました。研究チームはこれらを「部分的な緩和」と位置づけており、乾燥の影響を完全に打ち消すものではないと述べています。なお、通常の水やり条件下ではセレン処理の有無による成長の差はほとんど見られず、セレンの効果は主に乾燥ストレス下で顕著になったとされています。
機能性成分については興味深い trade-off(両立しない関係)が示されました。乾燥ストレスのみでも総ポリフェノール、総フラボノイド、1‑DNJ、クロロゲン酸、ルチン、ケルセトルはいずれも増加し(17〜40%程度)、in vitro抗酸化能(DPPH、ABTS、FRAP)も15〜17%上昇しました。しかし同時に、多糖は11.0%、可溶性タンパク質は12.0%減少しており、乾燥は葉の品質を一律に高めるわけではなく、ストレス応答性の成分は増える一方で、栄養的な成分は目減りするという二面性が見られたとされています。ここにセレン処理が加わったD+Se区では、D+CKと比べて総ポリフェノール、総フラボノイド、1‑DNJ、多糖、可溶性糖、可溶性タンパク質、クロロゲン酸、ルチン、ケルセトルのすべてが12〜35%程度上乗せで増加し、抗酸化能もさらに20〜24%高まりました。また、葉に含まれる総セレン量は、セレンを散布していない区(CK・D+CK)では乾燥重量あたり0.09mg/kg前後とごくわずかだったのに対し、散布区(Se・D+Se)では1.0〜1.2mg/kg程度と10倍以上に増加したことも確認されています。
この研究の読み方と限界
この研究は、鉢植えという管理された条件のもとで、単一の品種・単一のセレン濃度を用いた1回きりの実験です。著者ら自身も、この10マイクロモルという濃度は「最適な投与量」として選んだものではなく、今後は投与量の最適化に加え、セレンがどのような化学形態(無機か有機かなど)で葉に存在するか、体内での吸収されやすさ(生体利用率)、摂取した場合の安全性、そして実際の畑での効果を検証する必要があると述べています。また、用いられた「龍桑1号」という品種は、過去の別の比較実験で乾燥への耐性がやや良好だったという報告があるものの、この結果だけで乾燥に強い品種と一般化できるものではないと注記されています。今回示された数値や傾向は、あくまで室内の鉢植え条件下で得られた一つの研究結果であり、そのまま実際の栽培や食品としての効果を保証するものではない点に留意が必要です。
今回の情報の範囲では、日本の研究機関や日本の食習慣・生産に関する言及は見当たりませんでした。
まとめ
桑の葉に亜セレン酸ナトリウムを葉面散布するというシンプルな処理が、乾燥ストレス下での成長や光合成の低下、酸化的なダメージを部分的に和らげ、同時にポリフェノールや1‑DNJなどの機能性成分、そしてセレン自体の含有量を高める可能性が、今回の鉢植え実験で示唆されました。ただし、これは乾燥や品質の問題を根本的に解決するものではなく、投与量の最適化や安全性の検証を含め、さらなる研究が必要な段階にある結果として理解するのが妥当です。
原著論文の著者・所属:Baolong Du(Key Laboratory of Heilongjiang Province for Cold-Regions Wetlands Ecology and Environment Research, Harbin University, Harbin 150086, China)、Weigang Fu(Key Laboratory of Heilongjiang Province for Cold-Regions Wetlands Ecology and Environment Research, Harbin University, Harbin 150086, China)、Yuan Wang(Key Laboratory of Heilongjiang Province for Cold-Regions Wetlands Ecology and Environment Research, Harbin University, Harbin 150086, China)、Juexian Dong(Key Laboratory of Heilongjiang Province for Cold-Regions Wetlands Ecology and Environment Research, Harbin University, Harbin 150086, China)、Jinlong Li(Key Laboratory of Heilongjiang Province for Cold-Regions Wetlands Ecology and Environment Research, Harbin University, Harbin 150086, China)、Nan Xu(Key Laboratory of Heilongjiang Province for Cold-Regions Wetlands Ecology and Environment Research, Harbin University, Harbin 150086, China)、Dawei Guan(Heilongjiang Provincial Forestry and Grassland Survey Planning and Design Institute, Harbin 150086, China)、Haixiu Zhong(Institute of Natural Resources and Ecology, Heilongjiang Academy of Sciences, Harbin 150040, China)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Baolong Du, Weigang Fu, Yuan Wang, et al. Foliar Sodium Selenite Partially Alleviates Drought Injury and Improves Functional Quality in Mulberry Leaves. バイオロジー (2026). DOI: 10.3390/biology15161368. 原著ライセンス: cc-by.