著者の所属・活動拠点の国は、インドです。
掲載誌:Frontiers in immunology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
なぜ腸内細菌と子宮内膜症を結びつけるのか
子宮内膜症は、子宮の内側を覆う組織に似た組織が子宮の外で育つ病気です。エストロゲン(女性ホルモンの一種)の影響を受ける慢性的な炎症性の病気とされ、癒着や線維化を起こし、骨盤内の臓器や腸、尿路などに影響することがあります。論文によると、生殖年齢の女性のおよそ6〜10%が罹患していますが、原因はまだ十分に解明されていません。
近年は、腸内細菌が免疫やホルモンの働きを通じて生殖器の健康にも関わるという「腸と生殖器の軸」という考え方が注目されています。著者らは、これまでの総説が免疫、細菌、ホルモン、遺伝子発現といった領域を別々に扱ってきた点を課題としました。本総説では、腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオーシス)、免疫の活性化、慢性炎症、細菌によるエストロゲン代謝の変化、宿主の遺伝子発現の変化を一つの枠組みで結びつけ、「腸内細菌叢と子宮内膜症の軸」として整理することを目指しました。抗菌薬による細菌の変化、プロバイオティクス(有用な生きた微生物の摂取)、食事の影響もこの枠組みに含めて検討しています。
どのように文献を集めたか
著者らは、系統的に文献を選ぶための国際的な報告指針であるPRISMA 2020に沿って研究を選びました。PubMed、Scopus、ScienceDirectの3つのデータベースを用い、2026年3月31日までに発表された論文を検索しています。キーワードには、子宮内膜症、腸内細菌叢、炎症、免疫、トランスクリプトミクス(組織でどの遺伝子がどの程度働いているかを網羅的に調べる手法)、プロバイオティクス、抗菌薬への曝露、食事要因などを組み合わせました。
対象としたのは、子宮内膜症との関係で腸内細菌叢、宿主の遺伝子発現、食事摂取、プロバイオティクス介入について実際のデータを報告した原著研究です。検索で見つかった系統的レビューやメタ解析そのものは統合の対象に含めず、そこに引用された原著研究を探す手がかりとして使いました。
著者らが描いた全体像と主な知見
著者らがまとめた全体像では、腸内細菌叢の多様性が下がり、乳酸桿菌(ラクトバチルス)が減って炎症を促す細菌が増えると、腸の防御機能が損なわれます。その結果、細菌の成分であるリポ多糖(LPS)が血中に漏れ出し、免疫細胞の受容体を刺激して炎症性の物質が作られます。これが腹腔内でのマクロファージ(異物を処理する免疫細胞)の集積や、NK細胞(異常な細胞を攻撃するリンパ球)の働きの低下などにつながるという流れです。
ホルモンとの関わりも整理されています。腸内細菌が持つエストロゲン代謝に関わる遺伝子や働きの総体は「エストロボローム」と呼ばれます。肝臓で排出されやすい形に変えられたエストロゲンを、細菌の酵素β-グルクロニダーゼが再び活性のある形に戻すと、エストロゲンが体内に再吸収されやすくなります。著者らは、この仕組みが腸内細菌叢の乱れとエストロゲンに依存した病変の増殖を結びつけると説明しています。また、遺伝子発現や単一細胞レベルの解析から、病変ではホルモン受容体などに関わる遺伝子の発現低下や、血管新生・組織の作り替えに関わる働きの増加、免疫が病変を許容しやすい環境が報告されていることも紹介しています。
因果関係を示す証拠が最も強いのは動物実験だと著者らは述べています。抗菌薬で腸内細菌を減らすと病変が小さくなり炎症性物質も減ったこと、子宮内膜症のある動物の便を移植すると受け手の動物でも病変の増大と炎症が再現されたことが報告されています。著者らはこれを、細菌叢が病気を単に反映するのではなく進行に関わっていることを示すものと解釈しています。
プロバイオティクスについては、実験でLactobacillus gasseri OLL2809が病変の大きさを有意に縮小させたことなどが紹介されています。臨床では、月経痛の改善を示唆する予備的な研究がある一方、病気の進行を抑えるという確かな証拠はまだないとされています。ほかの臨床研究でも、菌株・量・期間がそろっておらず結果は一貫していません。現時点で国際的な診療ガイドラインは、プロバイオティクスを単独の治療として推奨していないと著者らは記しています。便微生物移植(健康な人の便に含まれる細菌を移す方法)については、子宮内膜症の女性を対象とした臨床試験はまだ報告されていません。食事面では、食物繊維、低FODMAP食(腸で発酵しやすい一部の糖質を控える食事)、抗炎症作用のある栄養素が同じ経路に関わる可能性があり、著者らは食事を変えることのできる要因として位置づけています。
この総説が示すこと
著者らは同時に、現在の証拠の限界も明確にしています。仕組みに関する証拠の多くは動物実験に基づき、人に当てはまるかは不確かです。人を対象とした研究は規模が小さく、ある一時点の比較にとどまるものが多いため、因果関係を確かめるのは困難です。月経周期、ホルモン療法、体格、食事、抗菌薬の使用歴といった影響要因の扱いも研究ごとにばらつきがあり、細菌の解析方法の違いも結果の比較を難しくしています。乳酸桿菌の減少やβ-グルクロニダーゼ活性の上昇などの微生物の特徴や、いくつかの遺伝子が診断の手がかりの候補に挙がっていますが、大規模な集団でまだ十分に検証されていません。
著者らは結論として、腸内細菌叢は子宮内膜症にたまたま伴う現象ではなく、炎症、エストロゲン、遺伝子発現の変化と結びついて病気の成り立ちに積極的に関わる要因だという見方を示しました。一方で、プロバイオティクス、食事の工夫、便微生物移植は生物学的にもっともらしく、予備的な有益性も見られるものの、単独の治療として用いる根拠はまだ不十分としています。細菌叢を標的とする方法は、既存のホルモン療法や手術に代わるものではなく、それらを補う選択肢として位置づけるのが現時点の見解です。
原著論文の著者・所属:S V(School of Bio Sciences and Technology, Vellore Institute of Technology (VIT), Vellore, India.)、Lulu S S(School of Bio Sciences and Technology, Vellore Institute of Technology (VIT), Vellore, India.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):S V, Lulu S S. The gut-microbiota-endometriosis axis: a review of immune regulation, microbial dysbiosis, host transcriptomics, probiotic intervention, and dietary influences. Frontiers in immunology 2026-10-19. DOI: 10.3389/fimmu.2026.1947426. 原著ライセンス:CC BY.