著者の所属・活動拠点の国は、イタリアです。
掲載誌:Nutrients
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
子宮内膜症は、本来子宮の内側にあるはずの組織が卵巣や骨盤の腹膜、腸などに異所性に生着してしまう慢性の炎症性疾患です。世界保健機関(WHO)が2025年に更新した推計によると、生殖年齢の女性の約10%、世界で約1億9000万人がこの病気を抱えているとされ、慢性骨盤痛や月経困難症、性交痛、不妊の主要な原因のひとつとなっています。現在の標準治療は卵巣機能を抑える薬物療法が中心ですが、これは妊娠を望む患者には使えず、代謝や骨への副作用も無視できません。こうした背景から、腸内細菌叢(マイクロバイオーム)や食事由来の成分が病態にどう関わるのかに関心が集まっており、今回紹介するのはイタリアの複数の大学(Link Campus University、Università Politecnica delle Marche)の研究者らによる、この分野の知見を整理した総説論文です。
この論文が焦点を当てているのは「エストロボローム」と呼ばれる概念です。これは、腸内細菌が持つ、エストロゲン代謝に関わる遺伝子群を指す言葉です。腸内細菌の中には、肝臓で処理され排出されるはずのエストロゲンを再び活性化させる酵素(細菌性β-グルクロニダーゼ)を持つものがあり、この酵素の働きが強まると、体内に留まるエストロゲンの量が増える可能性が指摘されています。子宮内膜症はエストロゲンに依存して病変が増殖する病気であるため、腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオーシス)とβ-グルクロニダーゼ活性の上昇が、体内のエストロゲン過剰や異所性病変の増殖に関与しうるという仮説が論じられています。あわせて、酸化ストレスや骨盤内の炎症、マクロファージ(免疫細胞の一種)の性質の偏り、病変部への新たな血管形成なども、病変の生存や慢性的な痛みの持続に関わる要因として取り上げられています。
食事成分やマイクロバイオームを標的とした介入をどう整理したか
著者らは、こうしたエストロボロームや炎症性の微小環境に影響しうる介入として、プロバイオティクス(善玉菌などの生きた微生物)、プレバイオティクス(善玉菌の餌となる食物繊維など)、N-アセチルシステイン(NAC)、クルクミン、レスベラトロール、エピガロカテキンガレート(EGCG、緑茶に含まれるカテキンの一種)、オメガ3系多価不飽和脂肪酸、ビタミンDに関する機序研究・前臨床(動物・細胞レベル)研究・臨床研究の知見をまとめて整理しています。あわせて、食事パターン全体の影響や、これらの成分が体内でどれだけ吸収・利用されるか(生体利用能)という課題、個人の状態に合わせた栄養学的アプローチ(精密栄養)の可能性についても論じられています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この論文はあくまで既存の研究を集めて整理した総説であり、著者ら自身が新たに患者を対象とした臨床試験を行ったものではありません。腸内細菌叢と子宮内膜症を結びつける根拠の多くは、関連を示すデータや動物・細胞レベルの前臨床研究にとどまっており、因果関係を証明するものではないと著者らは明記しています。また、ここで紹介されている食事成分や微生物由来の介入は、あくまで補完的・研究段階の選択肢として位置づけられており、病気の進行そのものを変えたり、自然妊娠や生殖補助医療(ART)の成績、生児出産率を改善したりすることを示す十分な証拠は現時点でないとされています。論文中で「妊よう性温存」という表現が使われる場合も、それは意図的な排卵抑制を行わないという意味であり、妊よう性そのものが高まることが証明されたという意味ではない点が断り書きとして述べられています。
この総説は、子宮内膜症という複雑な病気に対して、薬物療法一辺倒ではなく腸内環境や食事という切り口からの研究がどこまで進んでいるかを俯瞰する内容です。プロバイオティクスやクルクミンといった身近な言葉が並ぶと効果を期待したくなりますが、著者ら自身が強調するとおり、現段階では機序解明や仮説整理の域を出ておらず、今後の研究の土台を示すものと捉えるのが妥当でしょう。
原著論文の著者・所属:Stefania Greco(Department of Life Sciences, Health and Health Professions, Link Campus University, 00165 Rome, Italy)、Giovanni Delli Carpini(Department of Clinical Sciences, Università Politecnica delle Marche, 60126 Ancona, Italy)、Abel Duménigo González(Department of Experimental and Clinical Medicine, Università Politecnica delle Marche, 60126 Ancona, Italy)、Gaia Goteri(Department of Biomedical Sciences and Public Health, Università Politecnica delle Marche, 60126 Ancona, Italy)、Andrea Ciavattini(Department of Clinical Sciences, Università Politecnica delle Marche, 60126 Ancona, Italy)、Pasquapina Ciarmela(Department of Experimental and Clinical Medicine, Università Politecnica delle Marche, 60126 Ancona, Italy)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Stefania Greco, Giovanni Delli Carpini, Abel Duménigo González, et al. Modulating the Estrobolome and Inflammatory Microenvironment in Endometriosis: The Role of Microbiome-Targeted Interventions and Nutritional Compounds. ニュートリエンツ (2026). DOI: 10.3390/nu18172883. 原著ライセンス: cc-by.