野菜や果物についた細菌を落とすために、私たちは水で洗うという行為を当たり前のように行っています。ところが、洗浄で取り除ける菌はごく一部にすぎず、表面に残り続ける菌がいることは意外と知られていません。今回紹介する研究は、レタスの表面に付着した大腸菌が、洗浄という『物理的な力』にさらされることで、抗生物質に強くなる性質を獲得するのではないかという疑問に取り組んだものです。研究にはチョンナム国立大学(韓国)などのグループが取り組み、発酵させたネイビービーン(インゲン豆の一種、Phaseolus vulgaris)由来の抽出物と、そこから着想を得た合成ペプチドが、この耐性を元に戻せるかどうかも調べられました。
洗浄で「落ちる菌」と「残る菌」で何が違うのか
実験では、大腸菌ATCC25922をあらかじめレタスの葉(4×4cmに切った内葉)に付着させ、食塩水(0.85%NaCl)で5分間振とう洗浄しました。その結果、洗浄液中に流れ出て回収された菌(洗浄除去集団)は、もともと付着していた菌のわずか25.1±3.9%にとどまり、残りの大半はレタス表面に残存する集団(表面残存集団)として検出されました。
この2つの集団にアンピシリン(抗生物質の一種)を作用させたところ、洗浄で落ちた集団は生菌数が1.7±0.1 log CFU/mLまで大きく減少したのに対し、表面に残った集団は8.6±0.1 log CFU/mLとほとんど減らず、明らかに抗生物質への耐性が高いことが示されました。遺伝子発現を調べると、表面残存集団ではストレス応答に関わる遺伝子(rpoS、dnaK、dps)、付着・バイオフィルム形成に関わる遺伝子(csgD)、薬剤排出ポンプに関わる遺伝子(marA、acrA、acrB、tolC)が、洗浄前の菌と比べて軒並み1.7〜2.8倍程度上昇していました。これらの遺伝子は、rpoSという制御因子を中心につながったネットワークを形成していると著者らは位置づけています。
発酵ネイビービーン抽出物と合成ペプチドが示した働き
研究チームは、納豆菌に近いバチルス属菌(Bacillus subtilis)でネイビービーンを発酵させて得た抽出物(FBE)と、乾燥ストレス関連タンパク質PCC13-62の配列を元にAlphaFold2による構造予測などを経て設計した合成ペプチド「MFP-1」(パルミトイル化されたKGGVPGGFYPKGGSGRという配列)の2種類を、洗浄時の添加剤として試しました。
食塩水のみの洗浄では洗浄除去率が25.1%だったのに対し、FBEを200μg/mL加えると80.8±5.4%まで、MFP-1では81.0±5.0%まで濃度依存的に上昇し、菌を表面から引きはがす効果が確認されました。一方で、FBEやMFP-1を単独で加えても菌の生存数自体は変化せず(いずれも9.1〜9.2 log CFU/mL程度)、殺菌作用ではなく付着のしやすさに影響していると考えられました。
さらに重要な点として、抗生物質耐性を獲得した表面残存集団(AMPR-SRP)に、アンピシリンとFBEまたはMFP-1を同時に作用させると、生菌数はFBE200μg/mLで2.4±0.05 log CFU/mL、MFP-1200μg/mLで2.8±0.04 log CFU/mLまで低下し、抗生物質への感受性が回復する様子が観察されました。これに伴い、先述のrpoS、dnaK、dps、csgD、marA、acrA、acrB、tolCの発現量はいずれも、未処理時の0.1〜0.5倍程度まで抑えられていました。FBEとMFP-1は全体として似た働きを示しましたが、薬剤排出ポンプ関連遺伝子への抑制の強さにはやや違いがあったとも報告されています。
この研究をどう読むか
著者らは、今回の実験が「切った」レタスの葉を用いたモデルであることに言及しています。傷のある葉組織は無傷の葉表面と比べて菌が付着・残存しやすい可能性があり、今回得られた付着率などの数値がそのまま無傷の農産物表面に当てはまるとは限らないとしています。また、rpoSを中心とする制御ネットワークという枠組みは、あくまで遺伝子発現の変化パターンから推定されたものであり、タンパク質レベルでの検証や機能的な裏付けは今後の課題として挙げられています。今回の実験で使われた大腸菌はATCC25922という基準株であり、食中毒を起こす病原性大腸菌そのものではない点も踏まえておく必要があります。この研究で扱われた条件や濃度の範囲内で得られた結果であり、家庭での野菜の洗い方や安全性について直ちに結論づけるものではありません。
まとめ
この研究は、野菜を洗っても表面に残る大腸菌が、単に「洗い残し」というだけでなく、ストレス応答や付着、薬剤排出に関わる遺伝子群を連動させて活性化させ、抗生物質への耐性を高めている可能性を示したものです。そのうえで、発酵ネイビービーン抽出物や、そこから着想を得た合成ペプチドMFP-1が、菌の生存力そのものを奪うのではなく、菌の剥離を助け、こうした遺伝子発現の変化を抑えることで抗生物質への感受性を回復させる働きを持つ可能性が報告されました。あくまで一つの研究室での実験結果であり、今後さらなる検証が必要な段階の知見です。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Sojeong Park, Se‐Young Cho, Chyer Kim, et al. Fermented Navy Bean-Derived Agents Restore Antibiotic Susceptibility in Escherichia coli Persisting on Fresh Produce after Washing through Transcriptional Modulation of Genes Associated with an rpoS -Centered Regulatory Network. ジャーナル・オブ・マイクロバイオロジー・アンド・バイオテクノロジー (2026). DOI: 10.4014/jmb.2607.07019. 原著ライセンス: cc-by.