イタリア・トスカーナ地方の伝統的な甘口ワイン「ヴィンサント」は、収穫後に陰干しした干しブドウを使い、樽の中でゆっくりと時間をかけて発酵させる独特の製法で造られます。ところがこの製法には昔からの悩みがあります。糖度が非常に高い干しブドウの果汁は微生物にとって過酷な環境になりやすく、発酵が途中で止まったり、極端に遅くなったりすることが多いのです。発酵がうまく進まないと、風味や香りにも影響が出てしまいます。今回紹介する研究は、この問題に対して、ワイナリーで自然にうまく進んだ発酵から選び出した酵母を『スターター(発酵の種)』として使うという考え方に基づいています。
研究でわかったこと
研究チームは、これまでの自然発酵の中でも特に順調だった事例から分離した2種類の酵母、Saccharomyces cerevisiae Ris III株とZygosaccharomyces rouxii Zr186株を選び、まず両者が互いに悪影響を及ぼさず共存できるかを確認しました。そのうえで、この2種を組み合わせた混合スターターを、大きさの異なる複数の樽で行う実際のヴィンサント醸造に投入し、発酵の様子を100日間にわたって微生物学的に追跡しています。目的は、接種した2種の酵母が発酵中もきちんと優勢な状態を保ち、発酵を主導できているかを確かめることでした。
その結果、S. cerevisiaeは仕込み直後から分離される酵母のほぼすべてを占める状態(分離率100%)になり、Z. rouxiiも1か月以内に優勢な状態に達したことが報告されています。同じ大きさの樽で比較すると、混合スターターを使った場合は発酵の『純度』(狙った酵母がどれだけ支配的であったか)が自然発酵に比べて25%向上したとされています。さらに官能評価(人が実際に味や香りを評価する試験)では、混合スターターで造られたワイン同士のばらつきが小さく、仕上がりが安定していたこと、そして味わいに関する評価項目で最も高い評点が得られたことが示されています。一方、自然発酵によるワインは仕込みごとの差が大きかったとされています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、特定の生産地の自然発酵から得られた2株の酵母を対象に行われたものであり、ヴィンサントという特定のワインの醸造条件のもとで得られた結果です。ここで報告されている『分離率』や『純度の向上』は、あくまで今回使用した樽・仕込み条件における観察結果であり、酵母の組み合わせや醸造環境が変わった場合にも同じように再現されるかは、この研究だけでは分かりません。また、この記事で紹介したのは学術論文1本の内容であり、健康や品質への効果を断定するものではなく、あくまで発酵の安定化と官能評価の傾向を示した一つの研究として位置づけられます。
まとめ
ヴィンサントのように、糖度の高い干しブドウを使い長期間かけて発酵させるワインでは、発酵が止まったり進みが不安定になったりすることが品質のばらつきにつながりやすいとされています。今回の研究では、自然発酵からあらかじめ選び出した2種類の酵母を組み合わせたスターターを使うことで、発酵中に狙った酵母が優勢な状態を保ちやすくなり、できあがったワインの官能評価も安定していたことが報告されました。今後、こうした知見が実際の醸造現場でどのように活用されていくのか、続報が注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Viola Galli, Damiano Barbato, Eleonora Mari, et al. Enhancing Vin Santo Quality Using a Saccharomyces cerevisiae/Zygosaccharomyces rouxii Mixed Starter Culture. ファーメンテーション (2026). DOI: 10.3390/fermentation12080364. 原著ライセンス: cc-by.