この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Food Chemistry X

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

ゴマペースト(練りゴマ)は、タンパク質やミネラル、不飽和脂肪酸、食物繊維を多く含む食品として、アジアやアフリカ、ヨーロッパ、南米など世界各地で広く食べられています。しかし、研究チームはこの食品に構造上の弱点があると説明しています。ゴマペーストは、タンパク質に富む親水性の固体粒子が油の中に分散した濃厚なコロイド状の懸濁液であり、保存中に油と固形分が分離しやすく、品質の不安定化や脂質の酸化につながります。これが消費者の受容性を損ない、高品質な製品の商業展開を妨げているといいます。

安定した品質と豊かな風味を得るため、ゴマの種子は通常、焙煎されます。焙煎中の中心的な反応がメイラード反応です。これは、還元糖のカルボニル基とタンパク質のアミノ基が結びつく反応で、多様な香気成分を生み出すと同時に、糖とタンパク質の結合体(複合体)をつくって食品の食感や安定性を高めます。ただし、強い加熱には副作用もあります。著者らは、過度な熱処理が品質の劣化を招くだけでなく、ヘテロサイクリックアミン類(HAAs、複素環芳香族アミン)と呼ばれる有害物質を生成させ、安全性の懸念を生じさせると指摘しています。

そこで研究チームが着目したのが、酵素処理です。酵素はマイルドな条件で働き、効率がよく制御しやすいという利点があります。酵素で多糖類やタンパク質といった大きな分子をあらかじめ還元糖や遊離アミノ酸へと分解しておけば、これらがメイラード反応の材料(前駆体)となり、比較的低い温度でも反応を進められるという考え方です。原料として選ばれたのは、ゴマ油をしぼった後に残る副産物「ゴマ粕(脱脂ミール)」でした。論文によれば、ゴマ粕はタンパク質を30〜50%、炭水化物を15〜28%含み、メイラード反応の良質な基質となりうるにもかかわらず、現状では主に付加価値の低い飼料として使われています。酵素処理したゴマ粕を高品質・低ハザードのゴマペースト製造に応用する研究はこれまで行われていなかった、と著者らは述べています。

何をどのように調べたか

研究チームは、脱脂したゴマ粕に対して3種類の複合酵素、すなわちセルラーゼとパパインの組み合わせ(CP)、ヘミセルラーゼとパパインの組み合わせ(HP)、ペクチナーゼとパパインの組み合わせ(PP)をそれぞれ作用させました。酵素を加えない対照区(NE)も用意しています。セルラーゼやヘミセルラーゼ、ペクチナーゼは植物の細胞壁を構成する多糖類を分解する酵素、パパインはタンパク質を分解する酵素です。処理は50℃前後で3時間行い、その後97℃で10分間加熱して酵素の働きを止め、凍結乾燥しました。

続いて、4種類のゴマ粕をそれぞれ120℃、150℃、180℃の3条件で30分間焙煎し、合計12種類の試料をつくりました。さらに、これらを冷圧搾したゴマ油と重量比1対1で混ぜ合わせ、12種類のゴマペーストを調製しています。

評価項目は多岐にわたります。ゴマ粕については、一般成分(水分・脂質・タンパク質・多糖類)、アミノ酸組成、焙煎油糧種子で主要なHAAsとされるノルハルマンとハルマンの含量、そして香気成分の分析が行われました。ペーストについては、色、粒子径分布、油の分離しやすさ(安定性)、流動性を示すレオロジー特性、テクスチャー(硬さや粘りなど)、そして共焦点レーザー走査顕微鏡によるタンパク質と脂質の微細構造の観察が実施されています。すべての試験は3回繰り返され、統計的な有意性は5%水準で判定されました。

報告された主な結果

まず成分面では、酵素処理によってタンパク質と粗多糖の含量が有意に減り、焙煎温度が上がるほどさらに低下しました。12試料のうち最も低い値を示したのは、セルラーゼ・パパイン処理を経て180℃で焙煎したCP180でした。著者らはこれを、この酵素の組み合わせが高分子のタンパク質と多糖類を低分子の化合物へ効率よく分解し、それらが高温下でメイラード反応の前駆体として大量に消費されたためと説明しています。総アミノ酸量も同様の傾向を示し、NE120の45.72 mg/100 mgが最も高く、CP180の39.01 mg/100 mgが最も低い値でした。とりわけリシンの減少が顕著で、NE120と比べてCP180で36.9%、HP180で41.8%低下しています。

香気成分については、ゴマ粕から合計163種類が検出されました。アルデヒド類と複素環化合物が主要な成分群で、アルデヒド類は酵素処理区、特にセルラーゼ・パパイン処理区で多く検出されました。主成分分析では、第1・第2主成分で全変動の75.2%以上(PC1が49.6%、PC2が25.6%)が説明され、試料は3つのグループに分かれました。注目すべきは、150℃で焙煎した酵素処理試料(CP150、HP150、PP150)が、180℃で焙煎した無処理試料(NE180)と同じグループに位置したことです。著者らは、酵素処理によってより低い焙煎温度で同等の香気成分プロファイルが得られたことを示すと述べています。

ペーストの物性でも酵素処理の効果が確認されました。粒子径は、NEP120のD10・D50・D90がそれぞれ16.8、144.5、300.7 μmだったのに対し、CPP180では7.2、40.7、147.4 μmまで小さくなりました。安定性の指標である遠心分離による油分離率は、CPP180が全試料中で最も低い9.66%を示しています。保存試験でも、酵素処理を行わず120℃で焙煎した試料ほど油の分離が進みました。顕微鏡観察では、CPP180でタンパク質と多糖の架橋がより広く認められています。

一方で、安全性に関わる結果は一様ではありませんでした。120℃と150℃では酵素処理区と無処理区の間にノルハルマン・ハルマン含量の明確な差は認められず(8試料でノルハルマン0.45〜4.44 ng/mL、ハルマン0.02〜0.95 ng/mL)、低温焙煎であればHAAsを低く保てることが示されました。ところが180℃では両成分が急増し、CP180、HP180、PP180はNE180より有意に高い値となりました。酵素による前処理で生じた遊離アミノ酸や還元糖が、高温下でメイラード反応とそれに続く反応を急速に進め、HAAsの生成を加速したためと著者らは解釈しています。

結論として研究チームが挙げたのが、150℃で焙煎した酵素処理試料(CPP150)です。この試料は、180℃で焙煎した無処理試料(NEP180)と同等のテクスチャー、安定性、香気成分プロファイルを示しながら、HAAs含量は有意に低い水準にとどまりました。

この研究が示すこと

この研究が伝えているのは、「おいしさ」と「安全性」が必ずしも二者択一ではないかもしれない、ということです。従来、ゴマペーストの色・香り・食感・安定性は強い焙煎によって得られてきましたが、その代償として有害物質が生じるという問題がありました。著者らは、酵素であらかじめ原料を分解しておくことで、より低い温度でも同じ方向の熱反応を起こし、品質を保ちながら有害物質の生成を抑えられる可能性を示しています。

同時にこの研究は、酵素処理が万能ではないことも明らかにしています。前駆体を増やす処理は、温度が高すぎればかえって有害物質の生成を後押ししてしまう。つまり、酵素と温度の組み合わせをどう選ぶかが鍵になるという知見です。

さらに、これまで主に飼料として扱われてきたゴマ粕を食品づくりの材料として位置づけ直した点も、この研究が示した視点のひとつと言えるでしょう。著者らは、これらの成果が高品質なゴマペーストの工業的生産に向けた新たな知見と方法を提供するものだとまとめています。

著者:Lei Jin(College of Food Science and Technology & Institute of Special Oilseed Processing and Technology, Henan University of Technology, Zhengzhou 450001, China)、Yu-Xiang Ma(College of Food Science and Technology & Institute of Special Oilseed Processing and Technology, Henan University of Technology, Zhengzhou 450001, China)、Lixia Hou(College of Food Science and Technology & Institute of Special Oilseed Processing and Technology, Henan University of Technology, Zhengzhou 450001, China)、Xue‐De Wang(College of Food Science and Technology & Institute of Special Oilseed Processing and Technology, Henan University of Technology, Zhengzhou 450001, China)、Jin-chu Yang(Technology Center, China Tobacco Henan Industrial Co., Ltd., Zhengzhou 450000, China)、Yong-ming Xu(Technology Center, China Tobacco Henan Industrial Co., Ltd., Zhengzhou 450000, China)、Hua-Min Liu(College of Food Science and Technology & Institute of Special Oilseed Processing and Technology, Henan University of Technology, Zhengzhou 450001, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Lei Jin, Yu-Xiang Ma, Lixia Hou, et al. Low-temperature preparation of enzyme-treated sesame paste: Quality enhancement and hazard mitigation. Food Chemistry X 2026-08-29. DOI: 10.1016/j.fochx.2026.104341. 原著ライセンス:CC BY.