世界の糖尿病人口は2024年時点で成人の約11.1%にあたる5億8900万人と推計され、2050年には8億5300万人に達すると予測されています。食後の血糖値上昇はこうした代謝異常の主要な要因のひとつとされ、食物繊維の摂取が血糖応答の緩和に役立つと考えられていますが、多くの集団で摂取量は推奨水準に届いていません。そこで注目されているのが、クッキーのように広く食べられている食品への食物繊維の強化です。今回紹介する研究は、通常なら廃棄されるカンタロープメロンの果皮に着目し、酵素処理によってその機能性をどこまで高められるか、そしてクッキーに使った際に食感や血糖応答にどう影響するかを調べたものです。研究はベトナム・ホーチミン市工科大学(HCMUT)の研究者らによって行われました。
果皮をどう処理し、何を測ったのか
研究チームはまず、ホーチミン市近郊の農園で採れたカンタロープの果皮を洗浄・薄切りし、90℃で30秒間ブランチング(下ゆで)した後に60℃で乾燥・粉末化し、「未処理カンタロープ果皮粉末(UTCP)」を作りました。この一部を、電子レンジで前処理したうえで、キシラナーゼとセルラーゼを含む酵素製剤(Ultraflo Max)で55℃・8時間処理し、「酵素処理カンタロープ果皮粉末(ETCP)」を作製しています。この酵素は植物の細胞壁を構成するキシランやセルロース、β-グルカンといった多糖の内部結合を切断する働きを持ち、鎖の長い不溶性の食物繊維を、水に溶けやすい短い断片へと変化させます。
分析の結果、ETCPは総食物繊維量そのものはやや減少したものの、水溶性食物繊維(SDF)の割合はUTCPの約2.0倍に増加しました。また電子顕微鏡による観察では、酵素処理によって粉末表面がより多孔質でざらついた構造に変化していることが確認されています。この構造変化に伴い、ETCPは保水力(1.3倍)・保油力(1.4倍)に加え、試験管内でのグルコース吸着能(2.0倍)やコレステロール吸着能(1.4倍)もUTCPより高くなりました。一方で、総フェノール量や抗酸化能(DPPH法・FRAP法で測定)はいずれも酵素処理によって低下しており、著者らは、8時間の水中処理とその後のエタノール沈殿・ろ過の過程でフェノール成分が液相側に流れ出た可能性が高いと考察しています。さらに、ラクトバチルス・アシドフィルス(Lactobacillus acidophilus)という乳酸菌を使った培養試験では、ETCPを添加した培地の方がUTCP添加培地よりも菌の増殖やpH低下、酸生成が大きく、酵素処理により腸内細菌が利用しやすい成分になった可能性が示されています。
クッキーに使うとどうなるか
次に研究チームは、小麦粉の20%をUTCPまたはETCPで置き換えたクッキー生地を作り、無添加の対照クッキーと比較しました。この置き換え割合は、コーデックス(国際的な食品規格)が定める「食物繊維が豊富」という表示基準(100gあたり6g以上)を満たしつつ、生地の扱いやすさを保てる水準として選ばれています。実際、両方の強化クッキーで総食物繊維量は対照の約3.3倍に増え、100gあたり6gを超える値となりました。ただしETCP強化クッキーの方がSDFの割合が高く、逆に総フェノール量や抗酸化能の増加幅はUTCP強化クッキーの方が大きいという結果でした。
生地の物性を調べたレオメーター(粘弾性測定装置)による試験では、ETCP添加生地はUTCP添加生地よりも貯蔵弾性率(G′、生地の弾性的な硬さの指標)が大きく上昇し、損失正接(tanδ、粘性と弾性のバランスを示す値)はやや低下しました。これは、ETCPに含まれる水溶性食物繊維がグルテンや水と結びつきやすく、より弾力のある生地構造を作ったためと考察されています。焼き上がったクッキーの断面を電子顕微鏡で見ると、UTCP添加クッキーは対照より密で気泡の少ない構造になったのに対し、ETCP添加クッキーはより多孔質で気泡が大きく、でんぷんとグルテンの網目構造が比較的保たれていたと報告されています。
官能評価では、18〜25歳の未訓練の参加者60名が9段階の嗜好尺度でクッキーを評価しました。UTCPとETCPのどちらを添加したクッキーも対照より総合的な好ましさは下がったものの、ETCP添加クッキーの方が低下の幅は小さかったとされています。また、模擬消化試験(ペプシンやパンクレアチンなどの消化酵素を用いた試験管内消化)にもとづいて算出された推定グリセミック・インデックス(eGI、食後血糖値の上がりやすさの指標)は、UTCPとETCPどちらの添加でも対照より低下し、その低下幅はETCP添加クッキーの方が大きかったと報告されています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この研究は、廃棄されがちなカンタロープの果皮を、酵素処理という比較的穏やかな方法で機能性食材に変換できる可能性を示したものです。ただし、酵素処理によってフェノール成分や抗酸化能が下がるというトレードオフも確認されており、著者らは食物繊維の機能性向上と抗酸化成分の保持を両立させる工夫が今後の課題になりうる点を示唆しています。また、この研究は試験管内での消化試験や官能評価にもとづくものであり、実際にヒトが摂取した場合の血糖応答や健康影響を直接確認したものではありません。研究で使われたクッキー配合や酵素処理条件も特定の実験条件下でのものであり、一つの研究として得られた知見であって、結論が確定したものではない点に留意が必要です。
まとめ
カンタロープの果皮を酵素処理すると、水溶性食物繊維の増加や保水力・保油力、グルコース/コレステロール吸着能、乳酸菌の増殖促進といった機能性の向上が確認された一方、フェノール成分や抗酸化能は低下しました。これを20%配合したクッキーでは、食物繊維量の大幅な増加と推定グリセミック・インデックスの低下がみられ、官能的な好ましさの低下も未処理粉末を使った場合より小さく抑えられたと報告されています。今後、実際のヒトでの検証などを含めたさらなる研究が期待される分野といえそうです。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Nguyen TQN, Dong THT, Tran LTN, et al. Functional enhancement of cantaloupe rind powder by enzymatic treatment and its application in fiber-enriched cookies. アールエスシー・アドバンシズ (2026). DOI: 10.1039/d6ra05044a. 原著ライセンス: cc-by.