日本主導:この研究は、筆頭著者・責任著者、または著者の主要所属が日本の研究機関である研究です。
掲載誌:PLoS ONE
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:とろみ水は「水と同じ」か
飲み込む力が衰えた状態を嚥下障害といいます。高齢化が進む日本では、飲食物が気管に入って起こる誤嚥性肺炎が大きな問題です。これを防ぐため、液体に粘り気を加える「とろみ剤」が広く使われており、食事だけでなく飲み薬を服用するときにも用いられています。
著者らによると、薬の溶け方や崩れ方を調べる公的な試験は水や緩衝液を使って行われます。とろみ水のような実際の服用環境は想定されていません。研究チームが注目したのは、日本で便秘薬として広く処方されている酸化マグネシウム錠です。この錠剤は水を吸うことで崩れるため、水分を抱え込むとろみ剤の影響を受けやすいと考えられました。
研究のきっかけは1件の臨床例でした。悪性の食道狭窄を伴う進行食道がんで放射線治療のため紹介された81歳の男性が、キサンタンガム系のとろみ水で酸化マグネシウム錠を服用しました。錠剤は崩れないまま食道の中ほどに70時間以上とどまり、内視鏡で取り出す必要がありました。研究チームは、まず取り出した異物の正体を特定しました。次に、この現象が偶然なのか再現するのかを実験で調べました。さらに、この危険が臨床現場で見過ごされやすい構造的な理由も検討しました。
取り出された異物の正体
取り出された異物は、無色のゼリー状の膜に包まれていました。研究チームはこの膜を除いた固い芯を「物体X」と呼び、患者が服用していた3種類の薬と比較しました。
物体Xは重さ500mg、直径10mm、高さ5mmでした。乾いた状態の同じ酸化マグネシウム錠(約414mg、直径8.7mm、高さ4.5mm)より大きく重くなっていました。ほかの候補薬はずっと小さく、候補から外れました。CTでの写り方の強さも、乾いた錠剤よりやや低いものの、ほかの候補薬とは明確に異なりました。著者らは、この値の低下が、水を含んで膨らんだことによる密度の低下と整合すると説明しています。
物体Xは手では砕けず、乳鉢で粉砕する必要がありました。水に浸けても崩れませんでしたが、粉砕すると白い沈殿が多く生じました。アルカリ性を示す反応も陽性でした。これらの結果から、研究チームは物体Xを、とろみ剤に包まれて崩れないまま膨らんだ酸化マグネシウム錠と特定しました。
実験で確かめられた「崩れない錠剤」
研究チームは、食道で薬が停滞した状態を想定し、かき混ぜずに37℃で浸しておく方法で錠剤の崩れ方を観察しました。判定の目安には、通常の食道通過時間を超える30分を設けました。
蒸留水では、調べた4種類の酸化マグネシウム製剤はいずれも崩れました。問題の症例で使われた製剤は、およそ7秒で崩れています。一方、症例で使われたとろみ剤を1.0〜3.0%の濃度で溶かした液では、どの濃度でも30分以内に崩れませんでした。24時間観察すると、1.0%では形は残るものの手で触ると崩れる状態でした。2.0%と3.0%では形と硬さが保たれ、重さは約2.2倍に増えていました。
別の2製品を加えた計3種類のキサンタンガム系とろみ剤でも、錠剤は30分以内に崩れませんでした。また4種類の製剤すべてが、とろみ水の中で崩れませんでした。これに対し、錠剤を服薬補助ゼリーで挟んで包む方法では、平均約25秒で崩れました。ただし著者らは、ゼリーととろみ水では水分量や量などの条件が異なり、比較には限界があると述べています。
著者らは、とろみ剤が水を抱え込んで錠剤に水がしみ込みにくくなることを推測しています。さらに、溶け出したマグネシウムがとろみ剤の成分と結びつき、表面に水を通しにくい層をつくる仕組みも考えられるとしています。ただし、これは観察に基づく推論であり、分子レベルで確かめたものではないとも記しています。
見過ごされやすい理由と研究の意味
研究チームは、薬局などでの販売価格も調べました。1回あたりの費用の中央値は、とろみ剤が約4.3円、服薬補助ゼリーが約62.5円でした。ゼリーはとろみ剤の約14.5倍の費用がかかります。
著者らは、この危険が表面化しにくい理由として、いくつかの要因を挙げています。まず、10mmほどの塊は、狭窄などがなければ症状なく通過する可能性が高いことです。次に、処方する医師、調剤する薬剤師、服薬を介助する人の間で情報が分断されていることです。ゼリーを使う場合の費用負担も壁になります。さらに、薬は医薬品の法律、とろみ剤は食品の法律で扱われるため、両者の組み合わせを試験する義務がないことも指摘しています。
この研究は1例の臨床経験に基づくもので、一般の高齢者でこうした出来事がどのくらいの頻度で起こるかは推定していません。著者らは、本研究が示したのは組み合わせそのものが持つ物理化学的な危険性であり、臨床上の発生リスクを数量化したものではないと強調しています。そのうえで、「とろみ水は水と同じではない」と認識することが、患者の安全を守る第一歩になると結んでいます。
原著論文の著者・所属:Soichi Makino(Shin-Kuki General Hospital)、Miyu Ooe(Shin-Kuki General Hospital; University of Occupational and Environmental Health)、Kazunari Miyazawa(Showa General Hospital)、Shogo Kayano(Shin-Kuki General Hospital)、Sayaka Kominato(Shin-Kuki General Hospital)、Yoshinori Saito(Shin-Kuki General Hospital)、Ryohei Hirota(Shin-Kuki General Hospital)、Yuta Watanabe(Shin-Kuki General Hospital)、Fumiko Hayano(Shin-Kuki General Hospital)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Soichi Makino, Miyu Ooe, Kazunari Miyazawa, et al. Magnesium oxide tablets form rigid masses in xanthan gum-based thickeners: A physicochemical hazard revealed by a clinical case. PLoS ONE 2026-10-29. DOI: 10.1371/journal.pone.0361494. 原著ライセンス:CC BY.