カニは殻から身を外す手間があるため、そのまま食べられる加工品への需要が高まっています。今回紹介するのは、ベニズワイガニ(Chionoecetes japonicus)の生の脚肉を使い、加熱せずに食感と風味を改善する加工方法を検討した研究です。ベニズワイガニは韓国と日本の沖合、水深200〜2300mの深海に生息するカニで、韓国東岸では6〜8月の禁漁期を除いて漁獲される主要な水産資源とされています。
生のカニ脚肉は水分を多く保持する性質があり、身の構造がやわらかく崩れやすいため、そのまま加工品にすると変形したり食感が損なわれたりする課題がありました。従来はカニを95℃程度の熱湯で加熱してから殻を外す方法が一般的でしたが、この加熱工程では水溶性のうま味成分やカニ特有の風味が失われるという指摘があったといいます。そこで研究チームは、加熱を使わずに有機酸への浸漬処理と醤油での発酵を組み合わせることで、生のカニ脚肉の食感と風味を改善できないか検討しました。
どのように調べたのか
研究では韓国・江原道束草市で入手した新鮮なベニズワイガニ50尾から脚肉を取り出し、まず酢酸・クエン酸・リンゴ酸・コハク酸の4種類の有機酸を0〜8%(体積比)の濃度で用意し、室温で20分間浸漬する処理を行いました。その結果、有機酸の濃度が高くなるほどカニ肉の硬さが増す傾向が確認され、酸の種類によっても硬さの変化は異なりました。たとえば1%濃度ではコハク酸処理群の硬さが最も高く、8%濃度では酢酸処理群が最も硬くなるなど、酸の種類ごとに現れ方が異なっていました。
次に、酢酸・クエン酸・リンゴ酸・コハク酸・酒石酸の5種類を1%濃度で処理したカニ肉を、玉ねぎ・生姜・にんにく・干しエビ・干しカタクチイワシ・昆布などを煮出しただし汁と醤油、焼酎、みりん、砂糖、乾燥唐辛子を合わせた調味液に漬け込み、4℃で5日間発酵させて「醤油ガニ」風の製品(OSCM)を作りました。有機酸で処理しなかった対照群(CON)と比較したところ、有機酸で前処理した製品はいずれも硬さ・ガム性(噛みごたえに関わる指標)・咀嚼性が対照群より高く、なかでも酢酸処理群の硬さが最も高い値(331.1g)を示したとされています。研究チームはこの変化について、有機酸がカニ肉のタンパク質のpHを下げ、水分保持力を弱めることで組織が締まった可能性があると考察していますが、タンパク質の構造変化や保水力そのものは今回直接測定しておらず、あくまで推定であると論文中で明記しています。
香りの成分やうま味・安全性の指標
揮発性香気成分をガスクロマトグラフ質量分析計で調べたところ、24種類の化合物が検出されました。最も多かったのはアルコール類のエタノールとテルペン類のd-リモネン(柑橘系の香り)で、全体の香気成分量の69.5〜76.6%を占めたといいます。ほかにエステル類の酢酸エチル、テルペン類のp-シメンやβ-ピネン、γ-テルピネンなども確認され、有機酸で前処理した製品は対照群よりこれらの成分量が多い傾向が見られました。またイオウを含む化合物であるジメチルジスルフィド(玉ねぎやキャベツを思わせる香り)は酢酸処理群で最も多く検出されたとのことです。研究チームは、これらの成分量の変化が発酵後の香りの特徴に影響しうると述べる一方、断定的な官能評価の結果までは示していません。
安全性・鮮度に関わる指標も測定されており、揮発性塩基窒素(VBN、鮮度の目安となる数値)は22.54〜23.66 mg/100gで、一般に腐敗の目安とされる25 mg/100gをわずかに下回る水準でした。ただしこの値は腐敗の目安に近いため、研究チームは「実験的な発酵条件下では許容できる品質」と述べるにとどめ、実際の流通・保存条件のもとでの品質安定性を確認するにはさらなる保存試験が必要だとしています。一般生菌数は2.61〜2.82 log CFU/gで、大腸菌群は全ての製品で検出されなかったと報告されています。また、うま味成分の一つであるイノシン一リン酸(IMP)の含有量は、有機酸処理と醤油発酵を経ることで増加したとされています。
この研究の位置づけ
この研究は、生のカニ脚肉というこれまで加工が難しかった食材を、加熱せずに有機酸浸漬と醤油発酵で扱いやすくする一つの加工条件を探索したものです。論文の著者らは、硬さの変化の仕組みについてタンパク質と水分の相互作用によるものと推測しつつも、電気泳動法(SDS-PAGE)や微細構造の観察、保水力の直接測定といった裏付けは今回行っておらず、今後の研究課題として挙げています。今回の結果は特定の条件・実験室規模での知見であり、実際の商品化や長期保存時の品質を保証するものではない点に留意が必要です。
今回の研究では、有機酸の種類や濃度によってカニ肉の硬さや香気成分の量に違いが見られたことが確認されました。研究チームは、こうした知見が加熱を伴わない即食用カニ肉製品の開発に役立つ可能性があるとしていますが、一つの研究段階の結果であり、今後さらなる検証が必要とされています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Jin Lee, Min‐Jeong Jung, Ju-Yeon Park, et al. Application of non-volatile organic acid and soy sauce fermentation to improve the volatile flavor compounds and texture properties of red snow crab (Chionoecetes japonicus) fresh leg-meat. ジャーナル・オブ・フード・サイエンス・アンド・テクノロジー (2026). DOI: 10.1007/s13197-026-06851-0. 原著ライセンス: cc-by.