この研究は、オーストラリアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Sustainable Food Systems
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を明らかにしようとした研究か
太平洋の島国キリバスでは、伝統的に海の魚介類やココヤシ、パンノキ、タロイモ(現地名バーバイ)、パンダナスといった身近な資源が食事の中心でした。しかし現在は、輸入された食品に大きく頼る食生活へと移り変わっています。研究チームは、この変化がどのように起こったのかを一つの流れとして描き出すことを目的に、スコーピングレビュー(あるテーマについて既存の研究がどこまで何を明らかにしているかを幅広く見渡して整理する手法)を行いました。
著者らによれば、キリバスの食をめぐる知見は栄養学、歴史、気候科学、貿易経済学といった分野に散らばっており、これらをつなげて「食料システムがいつ、なぜ変わったのか」を時系列でまとめた研究はこれまでなかったとされています。そこで本研究は、植民地支配の歴史、気候変動、社会経済的な要因が、キリバスの食料システムと食事をどの程度形づくってきたのかを問いとして立てました。キリバスは陸地が狭く標高が低い環礁の国で、耕作に使える土地や淡水が限られる一方、広大な海域を持ちます。こうした条件から、著者らは同国を環礁国家の食料システム変化を考えるうえで示唆に富む事例として位置づけています。
どのように調べたか
研究チームは、1980年から2025年までに英語で発表された文献を対象に、食料システム、食生活の変化、伝統的な食べ物、植民地支配の影響、食料貿易、気候変動、食料安全保障のいずれかを扱うものを探しました。検索には複数の出版社のデータベースに加え、キリバス政府や国際機関のウェブサイトにある報告書や政策文書(いわゆるグレー文献)、さらにGoogle Scholarも使われています。報告の作成と手続きは、スコーピングレビュー向けの国際的な報告指針であるPRISMA-ScRに沿って進められました。
題名と要旨、続いて本文を読む二段階の選別を経て、最終的に査読論文54本とグレー文献31本、合わせて85件が整理の対象となりました。このうち4件は査読者からの推薦によって追加されたものです。スコーピングレビューの手法に従い、個々の文献の質を採点する作業(批判的吟味)は行わず、どのような証拠が存在するかを見渡すことに重点が置かれています。
文献から読み取った内容を補うために、公開されている統計も使われました。食料生産についてはFAOSTATの作物・家畜の生産データ、輸入については太平洋食料貿易データベース(Pacific Food Trade Database)から米や小麦粉といった主食と、脂肪の多い肉、高エネルギー飲料、塩味のスナック、菓子類、砂糖などの甘味料、食用油脂、高脂肪の加工乳製品という七つの「不健康な食品」グループが取り上げられています。さらに2023年の家計収入・支出調査(HIES)から、世帯の食品群ごとの消費が分析されました。著者らは、FAOのデータに欠損年があるなど信頼性に限界があることを明記しており、これらの数値は文献から得られた知見を裏づける説明的な材料として扱われています。
報告された主な内容
研究チームは、最初の定住者の時代から現在に至るまでの流れを時系列として示しました。それによれば、キリバスに住み始めたのは約2千年前の東ミクロネシアのオーストロネシア語族の人々で、やせた土壌のため育つ植物が限られ、食べ物は主に海から得られていました。バーバイは里芋類のなかでも単位あたりの炭水化物が多く、高い水位や淡水の浸水にも耐えられる作物で、高い島で見られるような土壌侵食を伴わない持続的な自給の営みの一部だったと論文は述べています。パンダナスは保存性が高く栄養価もあるため、干ばつのときに重要な食料になりました。著者らは、こうした伝統的な食事が、根菜類による炭水化物と海からのたんぱく質を組み合わせた栄養的に十分なものだった可能性が高いと評価しています。ただし同時に、成人と幼い子どもの間で摂取に差があったとする過去の報告や食のタブーにも触れています。現在のバーバイは栽培用の穴がほとんど使われなくなり、炭水化物の供給源としては米に取って代わられ、ぜいたくな食べ物とみなされるようになったとされます。
変化の起点として挙げられているのは、ヨーロッパ人との接触です。論文が引く先行研究によれば、1200年から1699年までの間は食料システムと食事の変化は中程度にとどまり、人々は主に周囲の自然環境に食べ物を頼り続け、ときおりの初期のヨーロッパ人との接触はほとんど影響を与えず、食生活はおおむね安定していました。1700年代から1800年代にかけて新しい食用植物や家畜が持ち込まれ、捕鯨船や交易者、宣教師との接触が増えた19世紀半ばには、西洋の食べ物の導入によって文化と食事の両面で大きな転換が起きたと報告されています。1892年の英国保護領化とリン鉱石採掘が始まると、現金収入と輸入食品への手が届きやすさが高まりました。20世紀後半には、グローバル化と貿易がさらに食料システムを変えていきます。なお論文は、こうした食の多様性の変化が十分に記録されておらず、どの時点から変わり始めたのかを追いにくいという過去の指摘も紹介しています。
そして著者らは、気候変動が食料生産を乱し、その結果として食料貿易への依存を強め、ひいては加工食品への依存を高めていると総括しています。キリバスは他の太平洋諸国に比べ熱帯低気圧の脅威は小さいものの、干ばつ、海面上昇、海水の侵入と浸水、海岸侵食、生態系の劣化といった気候に関わる危険に対して非常に弱い立場にあります。生産統計については、主要な国内作物の一人当たり生産がおおむね減少している可能性を示すものとして提示されており、根菜類の大幅な落ち込みがそのまま現実を反映しているとは想定していないと断られています。輸入量の変動についても、気候の衝撃や世界的な供給の混乱、より広い経済動向が関わっている可能性が示唆される一方で、貿易データ自体は直接の説明を与えないとされています。家計調査の分析では、穀物と穀物を使った製品が毎日のエネルギーと栄養素の摂取で最も大きな割合を占め、次に根菜・いも類が続き、果物や野菜、肉はより小さいながらも栄養上意味のある部分を占めていました。
この研究が伝えること
論文の結論は、植民地支配の歴史、社会経済政策、そして気候変動が重なり合って、キリバスを強靭な自給的な食料システムから輸入に大きく依存するシステムへと押し動かしてきた、というものです。著者らはこの変化を一方的な悪化とは描いていません。食べ物を手に入れやすくなったという改善がある一方で、食事の質、地元の生産、そして変化に耐える力は弱まった、という両面を指摘しています。
そのうえで著者らは、優先すべき課題として、地元の食料システムを強めること、栄養に関する教育を充実させること、研究の成果を政策につなげていくことを挙げています。狭い土地と限られた淡水という条件のもとで食が歴史的にどう変わってきたかを一つの流れとして示したこの整理は、キリバスだけでなく、似た道をたどりつつある他の環礁国家にとっても参照できる見方を提供するものだと位置づけられています。
著者:Zina Bird(Centre for Sustainable Future, USP Laucala Campus)、Anna K. Farmery(Australian National Centre for Ocean Resources and Security, University of Wollongong)、Viliamu Iese(School of Agriculture, Food and Ecosystem Sciences, The University of Melbourne, Dookie Campus)、Christian-Yves Amato-Ali(Centre for Sustainable Future, USP Laucala Campus)、Tom Brewer(Australian National Centre for Ocean Resources and Security, University of Wollongong)、Andy Roosen(Independent Researcher)、Frank Thomas(Pacific Studies, Oceania Centre for Arts, Culture, and Pacific Studies, USP Laucala Campus)、Tekateteke Metai(Australian National Centre for Ocean Resources and Security, University of Wollongong)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Zina Bird, Anna K. Farmery, Viliamu Iese, et al. The influence of climate change on temporal shifts in food systems and diets in Kiribati: a scoping review. Frontiers in Sustainable Food Systems 2026-10-02. DOI: 10.3389/fsufs.2026.1912327. 原著ライセンス:CC BY.