この研究は、リトアニア、フィンランドの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods (Basel, Switzerland)
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
捨てられがちな搾りかすを食品に生かす
植物油をしぼったあとに残る「プレスケーキ(搾りかす)」は、タンパク質や食物繊維、有用な成分を多く含んでいます。それにもかかわらず、多くは廃棄されたり家畜のえさなど付加価値の低い用途にとどまっている、と著者らは指摘しています。なかでもヘンプ(麻の実)を低温圧搾した搾りかすは、タンパク質を20〜40%含み、必須アミノ酸やアルギニンが豊富な素材として注目されています。リトアニアではヘンプオイル産業の拡大にともなってこの副産物が増えていますが、食品への活用は限られているといいます。
ただし、植物性タンパク質には課題もあります。動物性に比べて必須アミノ酸の構成や消化されやすさで劣るとされ、さらにフィチン酸のように消化酵素のはたらきを妨げて栄養の吸収を悪くする「抗栄養因子」と呼ばれる成分も含まれます。そこで研究チームが着目したのが乳酸発酵です。発酵はタンパク質の消化性や溶けやすさを高め、フィチン酸のような成分を減らすことが知られており、水や油を保つ力といった加工上の性質も変える可能性があります。
この研究の目的は、複数の搾りかすを組み合わせた素材に乳酸発酵を行ったとき、タンパク質の構造、栄養面の特徴、加工に関わる性質がどう変わるかを調べることでした。単独の搾りかすの発酵は研究例がある一方、組み合わせた素材での効果はほとんど分かっていないと著者らは述べています。
ヘンプにオーツを混ぜ、配合と処理を変えて比較
主役はヘンプ搾りかすですが、そこに一つ問題がありました。乳酸菌は水に溶ける糖を主なエネルギー源としますが、ヘンプ搾りかすは炭水化物が少なく、発酵の「えさ」が足りないのです。そこで研究チームは、でんぷんが残るオーツ(えん麦)の搾りかすを加えました。オーツは発酵用の糖を補うと同時に、その後の加工での食感にも関わると考えられています。性質の異なる植物素材を組み合わせて互いの弱点を補う、という発想です。
用意したのは3つの配合です。ヘンプのみ(H100)、ヘンプ75対オーツ25(H75:O25)、ヘンプ50対オーツ50(H50:O50)。50:50はオーツの割合を増やしすぎるとタンパク質量が下がるため、その上限として選ばれました。それぞれに対し、未処理(RAW)、加熱殺菌のみ(PAS)、加熱殺菌後に乳酸発酵(FER)の3つの処理を行っています。発酵にはヨーグルトでもおなじみのストレプトコッカス・サーモフィルスとラクトバチルス・ブルガリクスの市販スターターを使い、40℃でpHが約5.2になるまで4〜5時間かけました。加熱殺菌だけの区分を置いたのは、熱による変化と発酵による変化を切り分けるためです。
分析では、タンパク質を構成するアミノ酸の総量と、分解されて遊離した状態のアミノ酸、タンパク質の分解にともなって生じうるバイオジェニックアミン、タンパク質の酸化の指標となるカルボニル量、タンパク質を結びつけている結合の種類ごとの溶けやすさ、フィチン酸の量、さらに水や油を保持する能力や粒子の大きさを調べています。
配合で決まるもの、処理で変わるもの
報告されたアミノ酸の総量については、配合の影響がとりわけ大きく現れました。ヘンプの割合が高いほどアミノ酸の総量も高い、という一貫した対応が見られています。一方、処理による差はアミノ酸の種類ごとにばらつきがあり、一律ではありませんでした。加熱殺菌した試料は未処理や発酵試料と異なるプロファイルを示し、未処理と発酵試料はむしろ互いに似ていたといいます。著者らはこれを、アミノ酸が実際に増減したというより、熱によるタンパク質の変性や凝集が抽出のされやすさに影響した可能性として説明しています。
対照的に、遊離アミノ酸では処理の影響が前面に出ました。しかもその向きは配合によって異なります。ヘンプのみのH100では、加熱殺菌でも発酵でも未処理より遊離アミノ酸が少なくなったのに対し、オーツを混ぜた配合では、加熱殺菌でいったん減ったあと発酵によって未処理と同程度、あるいはそれ以上まで増えました。発酵試料のなかで遊離アミノ酸がもっとも少なかったのはH100です。著者らは、この違いの背景としてヘンプ単独の素材では乳酸菌が使える糖が乏しいことを挙げています。オーツを加えるという設計の狙いが、結果に表れた形です。
バイオジェニックアミンについても、配合と処理の両方が強く関わっていました。総量がもっとも多かったのはヘンプのみの配合です。個々の成分では、スペルミンとスペルミジンが処理によって逆向きの動きを示し、加熱殺菌ではスペルミンが増えてスペルミジンが減る一方、発酵ではその逆のパターンが見られました。チラミンは加熱殺菌で増え、発酵では未処理に近い水準まで下がっています。
なお著者らは、この研究の結果の読み方について明確な但し書きを置いています。配合と処理の各組み合わせについて独立したバッチは1つしか分析に使えず、繰り返し測定は同一バッチ内の分析上の反復にとどまるため、統計的な検定による確定的な結論は導けない、という説明です。報告されているp値も記述的な目的のものであり、すべての知見は予備的なもので、独立したバッチによる再現での確認が必要だとしています。発酵中の酸度や生菌数を測定していない点も、微生物活性の評価上の限界として自ら挙げています。
この研究が示すこと
この研究が描き出したのは、「発酵させればよくなる」という単純な図式ではありません。同じ乳酸発酵をかけても、ヘンプ単独か、オーツを混ぜた配合かによって、遊離アミノ酸の増減の向きそのものが変わりました。素材の組み合わせが、発酵という工程がもたらす結果を左右するということです。
捨てられてきた搾りかすをそのまま食品の素材として使おうとするとき、配合の設計と発酵という処理は切り離せない一組の変数として扱う必要がある——著者らのデータは、そうした見方を示しています。もっとも、著者ら自身が繰り返し述べているとおり、ここで得られた傾向はあくまで探索的な段階のものです。
著者:Martinez Vargas EK(Food Institute, Kaunas University of Technology, LT-50254 Kaunas, Lithuania.)、Šalaševičienė A(Food Institute, Kaunas University of Technology, LT-50254 Kaunas, Lithuania.)、Ertbjerg P(Department of Food and Nutrition, University of Helsinki, FI-00014 Helsinki, Finland.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Martinez Vargas EK, Šalaševičienė A, Ertbjerg P. Effect of Formulation and Fermentation on Protein Structure, Nutritional Characteristics and Techno-Functional Properties of Hemp-Oat Press Cake Matrices. Foods (Basel, Switzerland) 2026-09-21. DOI: 10.3390/foods15183357. 原著ライセンス:CC BY.