この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:npj Science of Food
ライセンス: CC BY-NC-ND 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
醤油や味噌などの伝統的な高塩分発酵食品には、高い塩分濃度でも生育できる耐塩性酵母が深く関わっています。その代表格が Zygosaccharomyces rouxii(ジゴサッカロミセス・ルキシー)という酵母です。この酵母は伝統的な高塩分発酵食品で広く見られる一方、一部の食品システムでは腐敗の原因となる微生物としても知られています。発酵食品での働きは高い塩分濃度に強く左右されますが、栄養的な工夫によって耐塩性がどのように高まるのか、その仕組みはこれまではっきりしていませんでした。今回紹介する研究は、この酵母に機能性タンパク質を与えることで耐塩性がどう変わるのかを、タンパク質と代謝物の両面から詳しく調べたものです。
研究でわかったこと
研究チームは、Zygosaccharomyces rouxii CGMCC 3791という株を用い、120 g/Lという高濃度の塩化ナトリウム(NaCl)環境下で、機能性タンパク質を補給した場合と補給しない場合の違いを比較しました。解析には、DIAプロテオミクス(タンパク質の量を網羅的に調べる手法)と、UPLC-Orbitromによるメタボロミクス(代謝物を網羅的に調べる手法)が用いられました。
主成分分析(PCA)という統計手法により、無処理の対照群、塩ストレスのみを与えた群、機能性タンパク質を補給した群の3つが、それぞれ明確かつ再現性のある形で異なるグループに分かれることが示されました。これは、機能性タンパク質の補給によって酵母の中で幅広い代謝・タンパク質の再編成(リモデリング)が起きていることを意味しています。
さらにKEGG解析(遺伝子・代謝経路のデータベースを用いた解析)によると、機能性タンパク質の補給は、塩ストレスのみの場合と比べて、酸化的リン酸化(エネルギーを作り出す仕組み)、ABCトランスポーター(物質を細胞外へ運び出す輸送体)、補因子関連の経路(一炭素代謝、ビタミンB6代謝、パントテン酸・補酵素A代謝)、そしてアミノ酸に関わる経路(アルギニン生合成、アルギニン・プロリン代謝)を改善する方向に働いていました。また、グリセロ脂質、グリセロリン脂質、GPIアンカーの生合成といった、細胞膜に関わる経路が優先的に活性化されていたことも示されました。
加えて、複数のオミクスデータを統合して解析したところ、プリン代謝の中間体とエネルギーを運ぶ分子(エネルギーキャリア)に協調的な変化が見られ、ヌクレオチドの恒常性維持やエネルギーの緩衝機能が高まっていることと一致する結果でした。相関ネットワーク解析では、特徴的な脂質様の代謝物が、ミトコンドリア機能・酸化還元反応・輸送・アミノ酸代謝に関わるタンパク質と結びついていることも明らかになりました。
これらの結果から、機能性タンパク質の補給は、細胞膜の再構築と、代謝およびエネルギー代謝の再プログラミングを組み合わせることで、酵母の耐塩性を高めていることが示唆されています。
この研究の位置づけ・読むうえでの注意
この研究は、特定の酵母株を用いた実験室レベルでの解析結果であり、一つの研究として位置づけられるものです。ここで得られた知見が、実際の発酵食品づくりの現場でどのように応用できるかは今後の検証が必要です。論文では、こうした知見が高塩分発酵の最適化に向けた選択肢を提供するものだとされていますが、特定の食品や成分の健康効果を直接示すものではない点に留意してください。
まとめ
本研究は、高塩分の伝統的発酵食品に関わる耐塩性酵母Zygosaccharomyces rouxiiに機能性タンパク質を補給すると、エネルギー代謝や細胞膜関連の経路、アミノ酸代謝などが幅広く変化し、耐塩性が高まる可能性があることを、プロテオミクスとメタボロミクスを組み合わせた解析によって示しました。伝統的な高塩分発酵食品の製造プロセスを科学的に理解し、最適化していくための基礎的な知見として位置づけられる研究といえます。
※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。出典(原著論文):プロテオミクスとメタボロミクスの統合解析による機能性タンパク質補給がZygosaccharomyces rouxiiの耐塩性を高める機構の解明(npjサイエンス・オブ・フード・2026年08月)
著者:Dingkang Wang(Department of Functional Examination, Honghui Hospital, Xi’an Jiaotong University, Xi’an, China)、Yu Jiang(Department of Pathogen Biology and Immunology, School of Basic Medicine, Kunming Medical University, Kunming, Yunnan, China)、Dan Li(Faculty of Quality Management and Inspection & Quarantine, Yibin University, Yibin, China)、Xiaoru Chen(College of Light Industry and Engineering, Sichuan Technology & Business College, Chengdu, China)、Jing Huang(Global Health Institute, School of Public Health, Xi’an Jiaotong University, Xi’an, China)、Bin Ma(Global Health Institute, School of Public Health, Xi’an Jiaotong University, Xi’an, China)、Shiyu Liu(Global Health Institute, School of Public Health, Xi’an Jiaotong University, Xi’an, China)、Yanqin Rong(Global Health Institute, School of Public Health, Xi’an Jiaotong University, Xi’an, China)、Hongfei Yu(College of Food Science and Engineering, Xinyang Agriculture and Forestry University, Xinyang, China)、Yongjie Zhang(Department of Functional Examination, Honghui Hospital, Xi’an Jiaotong University, Xi’an, China)