著者の所属・活動拠点の国は、ベトナムです。

掲載誌:Royal Society Open Science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

黒米は、ぬか層に含まれるアントシアニンという天然色素によって濃い紫黒色をしています。アントシアニンは食品の着色料として使えるほか、さまざまな生物活性が報告されている成分です。しかし、植物から効率よく取り出すことは簡単ではありません。従来の抽出ではメタノールやエタノールと水の混合液がよく使われますが、揮発性の有機溶媒を使ったり、多くのエネルギーを必要としたりする点が課題とされてきました。さらに、取り出したアントシアニンはpH、熱、酸素、光などの影響で分解しやすいという弱点もあります。

そこで研究チームは、塩化コリンを主成分とする「深共晶溶媒(DES)」で黒米からアントシアニンを抽出することを試みました。DESは、2種類の成分を混ぜ合わせ、成分どうしの水素結合によって液体になる溶媒です。研究チームは、このDESに超音波処理を組み合わせれば、エタノール系の従来法より多くのアントシアニンが得られると仮説を立てました。あわせて、得られた抽出液を「ナノリポソーム」に包み込み、保存中の安定性を高めることも目指しました。ナノリポソームは、細胞膜に似たリン脂質の膜でできた微小なカプセルです。抽出から安定化までを一つの流れで扱う研究はまだ少ないと、著者らは位置づけています。

何を調べたか

試料には、2024年3月にベトナム・ハノイ近郊の紅河デルタで収穫された黒米の品種「フックトー・ブラック」を使いました。研究チームは、塩化コリンにグリセロールなどのポリオール類、各種の有機酸、エタノールアミンを1対1の比率で組み合わせ、7種類のDESを調製しました。これらを溶媒として抽出力を比べ、従来の水・エタノール・酢酸混合液とも比較しています。

次に、最も成績の良かった溶媒について、抽出条件を一つずつ変えて最適な条件を探りました。調べた条件は、原料に対する溶媒の量、溶媒中の水の割合、超音波の強さ、超音波をかける時間です。アントシアニンの量は、pHによって色が変わる性質を利用した「pH示差法」で測定しました。さらに、抽出後の米粉の表面を電子顕微鏡で観察し、質量分析で主な色素成分を推定しました。抽出液を異なる温度で保存し、アントシアニンが減っていく速さも調べています。そのうえで抽出液をナノリポソーム化し、保存中の粒子の状態やアントシアニンの保持を評価する実験を組みました。

主な結果

溶媒を比べる段階では、従来の溶媒で得られたアントシアニン濃度は1リットルあたり18.4ミリグラムでした。これに対し、ポリオールを組み合わせた「DES2」では66.6ミリグラムとなり、従来の溶媒の約3.6倍でした。有機酸を使った溶媒の一つも従来の約2倍の値を示しましたが、他のDESは従来の溶媒を下回りました。論文は、どれだけ抽出できるかは溶媒の組成によって大きく変わると述べています。

DES2を使った条件の検討では、溶媒量を原料の10倍、水の割合を30%、超音波の強さを原料1グラムあたり4ワット、処理時間を5分とした場合が最適と判断されました。この条件で得られた濃度は1リットルあたり85.5ミリグラムで、エタノールと水の混合液による25.7ミリグラムを上回りました。目的の成分1ミリグラムを得るのに必要な投入資材の量も、DES2のほうが少ないと試算されています。ただし著者らは、この比較が抽出工程だけに限ったものだと明記しています。エネルギー消費、溶媒の再利用、廃棄物処理などは評価しておらず、工程全体の環境面の優位性を示すものではないとしています。

電子顕微鏡で観察すると、DES2で抽出した後の米粉は、エタノール抽出後よりも表面が削られ、多くの細かな穴が開いていました。見た目の色も、エタノール抽出後の残りかすが紫色を残していたのに対し、DES2では大きく色が抜けていました。研究チームは、超音波が植物組織を壊すことと、DES2の成分による水素結合が、色素が溶け出しやすくなる理由かもしれないと考えています。ただし、この仕組みを直接確かめる証拠は得ておらず、あくまで作業仮説としています。質量分析では、主な成分はシアニジン系とペオニジン系の配糖体と推定されました。標準物質との照合は行っていないため、これも暫定的な同定とされています。

保存試験では、抽出液中のアントシアニンは時間とともに一定の割合で減っていく単純なパターン(一次反応)でよく説明できました。温度が高いほど分解は速く、45℃での分解の速さは4℃の約4.75倍でした。

研究が示すこと

この研究は、塩化コリン系の深共晶溶媒と超音波を組み合わせると、調べた条件の範囲で、従来のエタノール系溶媒より多くの黒米アントシアニンを取り出せることを報告しています。同時に著者らは、条件を一つずつ変える方法では条件どうしの相互作用を評価できないことも認めています。環境面の評価や溶媒の再利用も確かめていない点を、自ら限界として挙げています。どの溶媒を選ぶかで天然色素の取り出しやすさが大きく変わることと、色素が温度に左右されやすいことを、具体的な数値で示した研究といえます。

原著論文の著者・所属:Quang-Hieu Tran(Faculty of Chemical Engineering, Industrial University of Ho Chi Minh City 1 , Ho Chi Minh City, Vietnam)、Ba Thanh Nguyen(Institute of Biotechnology and Food Technology, Industrial University of Ho Chi Minh City 2 , Ho Chi Minh City, Vietnam)、Dat Pham Quoc(Faculty of Food Technology, Saigon Technology University 3 , Ho Chi Minh City, Vietnam)、Nguyen Quynh Dao(Faculty of Food Technology, Saigon Technology University 3 , Ho Chi Minh City, Vietnam)、Nguyen Thi Ngoc Tram(Faculty of Food Technology, Saigon Technology University 3 , Ho Chi Minh City, Vietnam)、Nguyen Thanh Danh(Institute of Advanced Technology, Vietnam Academy of Science and Technology 4 , Ho Chi Minh City, Vietnam)、Nguyen Quoc Thang(Faculty of Chemical Engineering, Industrial University of Ho Chi Minh City 1 , Ho Chi Minh City, Vietnam)、Le Van Tan(Faculty of Chemical Engineering, Industrial University of Ho Chi Minh City 1 , Ho Chi Minh City, Vietnam)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Quang-Hieu Tran, Ba Thanh Nguyen, Dat Pham Quoc, et al. Choline chloride-based deep eutectic solvents for efficient anthocyanin recovery from black rice: process, kinetics and nanoliposomal formulation. Royal Society Open Science 2026-10-07. DOI: 10.1098/rsos.260927. 原著ライセンス:CC BY.