インドネシア西スマトラには、水牛の乳を竹筒の中で自然発酵させてつくる「ダディ」という伝統的な発酵乳製品があります。乳酸菌を豊富に含み、健康に役立つ発酵食品として知られていますが、水分が多く傷みやすいため保存期間が短いことが課題とされてきました。今回、インドネシアのポリテクニック・オブ・パダン(保健省栄養学科)などの研究グループが、ダディを凍結乾燥(フリーズドライ)して粉末にすると、味や香り、成分、菌の状態がどう変わるのかを調べました。
凍結乾燥は、食品を凍らせたあと真空状態で氷を昇華させて水分を抜く、熱を加えない乾燥方法です。研究では、発酵から2日経った生のダディをマイナス20度で24時間予備凍結したのち、真空度4.58mmHg以下で氷を昇華させる一次乾燥、続いて温度を35度まで上げる二次乾燥を行い、合計およそ48時間かけて粉末化しました。乾燥前後のダディはいずれも3回ずつ分析され、栄養成分、色(明るさ・赤み緑み・黄み青みを測る色差計での測定)、10人の訓練された評価員による官能評価、そして乳酸菌数が比較されています。
凍結乾燥でダディはどう変わったか
もっとも大きな変化は水分でした。水分含有量は80.56%から2.57%へと大幅に減少し、微生物が増殖しにくいとされる指標である水分活性(aw)も0.92から0.21まで下がりました。水が抜けた分、相対的にたんぱく質は7.66%から31.75%(約4.1倍)、脂質は8.01%から39.56%(約4.9倍)へと濃縮され、炭水化物や灰分も増加しました。研究者らは、これは新たに栄養素が合成されたのではなく、水分が抜けたことによる「濃縮効果」だと説明しています。
見た目については、色差計で測った明るさ(L値)、赤み緑み(a値)、黄み青み(b値)のいずれにも乾燥前後で統計的に意味のある差はみられませんでした。加熱を伴う乾燥法では乳糖とたんぱく質が反応して起きる褐変(メイラード反応)が問題になることがありますが、凍結乾燥は低温で行うためこうした変色が起こりにくいと考察されています。
一方、味や香りには変化が見られました。10段階の評価で、酸味の強さは5.2から7.1に上昇し、牛乳の香りは6.8から5.4に、発酵香は7.0から6.0にそれぞれ低下しました。研究グループは、水分が抜けることで酸味成分である乳酸などが相対的に濃縮される一方、ダディの香りに関わるとされる2,3-ブタンジオンなどの揮発性の香り成分が乾燥中に失われやすいためではないかとみています。
もっとも懸念されるのが乳酸菌数の変化です。乾燥前は1グラムあたり1.0×10の8乗コロニー形成単位(CFU)だった乳酸菌数が、凍結乾燥後には7.5×10の5乗CFUまで減少し、約3桁(対数で2.13)の減少がみられました。これはプロバイオティクスとしての効果に必要とされる目安(1グラムあたり10の6乗〜10の7乗CFU)をわずかに下回る水準で、機能性の一部が失われた可能性があると論文では指摘されています。凍結や乾燥時の浸透圧ストレス、細胞膜や核酸へのダメージなどが菌数減少の要因として挙げられています。
この研究の位置づけと注意点
この研究は、乾燥前後の菌を守る保護剤(脱脂粉乳やショ糖など)をあえて加えず、凍結乾燥そのものがダディの性質に与える影響を見るために設計されたものです。著者らは論文の中で、いくつかの限界も挙げています。まず、乳酸菌の総数のみを測定しており、具体的にどの菌株が生き残ったかまでは特定していません。また、乾燥直後の状態を評価したのみで、保存中に品質や菌数がどう変化していくかは調べられていません。さらに官能評価の評価員は10人と限られており、より幅広い消費者の受容性を反映しているとは言えないとしています。今後は長期保存での安定性評価や、乳酸菌の生存率を高める加工条件・保護剤の検討、より大規模な消費者評価が必要だとまとめられています。
まとめ
この研究では、凍結乾燥によってダディの水分と水分活性を大きく下げられ、保存性の向上が期待できる一方、色はほとんど変わらずに保たれることが示されました。ただし酸味の増加や香りの変化、そして乳酸菌数の減少という代償も伴うことが確認されており、プロバイオティクス食品としての機能を保ったまま長期保存できる粉末製品にするには、さらなる工夫が必要と考えられます。あくまで一つの研究による結果であり、今後の追試や改良を経て評価が定まっていく段階といえます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Nur Ahmad Habibi, Sri Darningsih, Zulkifli Zulkifli, et al. Effect of Freeze-Drying on the Sensory, Physicochemical, and Microbiological Characteristics of a Dadih-Based Functional Beverage. ジャーナル・オブ・ヘルス・アンド・ニュートリション・リサーチ (2026). DOI: 10.56303/jhnresearch.v5i2.1329. 原著ライセンス: cc-by-nc-sa.