インドネシア・ジャワ島のグヌンキドゥル県は、石灰岩(カルスト)の丘陵地帯が広がり、水資源が乏しい土地として知られています。この地域では、限られた食材を工夫して活用する暮らしの知恵が受け継がれてきました。食べ物と文化の関係を調べる研究分野は「エスノガストロノミー(食の民族学)」と呼ばれますが、こうした地域の伝統的な食の知識は、現代的で手軽な食品の普及とともに失われつつあると指摘されています。今回紹介する研究は、グヌンキドゥル県の伝統市場で売られている伝統食と、その材料となる植物の多様性を記録することを目的に行われました。

どんな方法で調べたのか

調査は2024年8月から2025年8月にかけて、グヌンキドゥル県パリヤン郡の市場や露店、家庭を対象に、民族植物学的な手法(調査、聞き取り、参与観察)で行われました。伝統食を作れる地元住民を対象に、使われている植物の種類、製造工程、健康への効果とされる言い伝え、経済的な意義、食の知識がどのように受け継がれてきたかなどを聞き取ったほか、性別・職業・年齢・学歴といった回答者の属性も記録されました。市場で取引されている食用植物からは標本(ボウチャースペシメン)を作製し、乾燥させたうえで『Flora of Java(ジャワ島の植物相)』などの図鑑を用いて種を同定し、大学の研究室に保管されました。

市場で見つかった29種の伝統食

グヌンキドゥルの伝統市場では29種類の伝統食が確認され、主食(炭水化物源)、おかず(たんぱく質源)、野菜料理、軽食(おやつ)に分類されました。

主食の中心はキャッサバ(カッサバいも)を原料とするもので、いも層のケーキ「ラピス・シンコン」、乾燥キャッサバを発酵させた「ティウル」や「ガトット」、蒸していもをつぶした「グトゥック」、発酵させた「タペ」、揚げ菓子の「チェンプロン」などが挙げられています。加工法には発酵(ガトットやタペ)、揚げる(ティウルやチェンプロン)、蒸す(グトゥックやティウル)といった工夫があり、風味づけには砂糖やココナッツを加える例も紹介されています。もち米を蒸して作る「ビントゥル」には黒目豆(ササゲの一種、学名Vigna unguiculata)が加えられ、たんぱく質を補う工夫がされているといいます。

野菜料理としては、茹でた青菜にピーナッツソースをかける「プチェル」が代表的で、材料に加える食材によって「プチェル・トゥリ」(トゥリの花を使用)や「プチェル・プリ」(もち米の団子を使用)などの呼び名があります。主な材料としてキャッサバの葉、パパイヤの葉、空心菜、ホウレンソウ、ササゲの若いさや、緑豆もやしなどが使われ、店によってはニンジンやトゥリ(学名Sesbania grandiflora)が加わることもあるとされています。また、豆類とすりおろしたココナッツを香辛料と混ぜて蒸す「ボンコ」という料理も紹介されており、豆(トロ豆)由来のたんぱく質とココナッツ由来の脂質が豊富で、おかずの代わりに使われることがあるといいます。

おかず(たんぱく質源)としては、ハチの幼虫を使った「ボトック・タウォン(パラス・タウォン)」という珍しい料理のほか、レンリソウ属の一種ギンネム(学名Leucaena leucocephala)の種子を使う「テンペ・マンディン」や、タチナタマメ(ソードビーン)を使う「テンペ・コロ」という、他地域とは異なる原料のテンペが確認されています。論文では、ギンネムの種子について粗たんぱく質31%以上、脂質5.5%を含むとする既存のデータが紹介され、代替たんぱく質源としての可能性が論じられています。

軽食(おやつ)は10種類が確認され、バナナの葉に包んで蒸すキャッサバ菓子「レメット」、発酵させて作る「アペム」、揚げ菓子の「チェンプロン」、キャッサバ粉や小麦粉を使う「エンプレック」などが紹介されています。

材料となった植物は27種、豆科が最多

これら伝統食の原料として、24属14科にわたる27種の植物が確認されました。もっとも種数が多かったのはマメ科(Fabaceae)で7種、次いでナス科(Solanaceae)とイネ科(Poaceae)が各3種、ヒガンバナ科(Amaryllidaceae)、トウダイグサ科(Euphorbiaceae)、ヤシ科(Arecaceae)が各2種で、残りの科はそれぞれ1種ずつでした。使われた植物の部位では、種子を利用するものが10種(全体の36%)ともっとも多く、その多くがピーナッツ、インゲンマメ、ダイズ、タチナタマメなどマメ科の種子だったとされています。一方、花や根茎を利用する種はそれぞれ1種(約4%)ともっとも少なく、花は植物の一生の中でも咲いている期間が短いため季節による入手のしやすさに左右されやすいと論文では述べられています。

キャッサバ(学名Manihot esculenta)は乾燥した土地でも育てやすいことから、水資源に乏しいグヌンキドゥルの環境に適した作物として食料確保の要となってきたと紹介されています。乾燥させたキャッサバ(ガプレック)は最長で1年ほど保存できるとされ、粉に加工されて市場で取引されており、論文では小麦粉(1kgあたり12,000ルピア)よりも高値(同15,000ルピア)で取引されているという価格情報も示され、地域経済を支える潜在力があると論じられています。ガトット、ティウル、青唐辛子を使ったおかず「サユール・ロンボック・ヒジャウ」の3つは、グヌンキドゥルの生活の知恵から生まれた固有の食べ物とされ、ガトットとティウルは主食または代替の炭水化物源となる発酵食品、サユール・ロンボック・ヒジャウはおかず・たんぱく質源として位置づけられています。

この研究の位置づけと注意点

この研究は、特定の地域(グヌンキドゥル県パリヤン郡)の伝統市場を対象とした調査であり、得られた結果はこの地域における食文化の記録という性格のものです。論文では、キャッサバをティウルやガトットに加工する技術がジャワの人々(グヌンキドゥル)の生活の知恵の一形態であるとしたうえで、民族植物学の授業などにおける生物文化的な保全(バイオカルチュラル・コンサベーション)の教材となりうると位置づけています。ここで紹介した数値や分類は、あくまでこの調査で確認された範囲のものであり、他地域や別の時期についての結論を示すものではない点に留意が必要です。

まとめ

今回の調査により、グヌンキドゥルの伝統市場では29種類の伝統食と、それらを支える27種の植物(うちマメ科が最多の7種)が確認されました。キャッサバを発酵・乾燥させて作るティウルやガトットのように、乏しい水資源という環境条件の中で培われてきた加工技術が、地域の食料確保と結びついていることがうかがえます。著者らは、こうした加工技術や食の知識を記録すること自体が、地域の生物文化的な多様性を保全する取り組みにつながりうると論じています。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:グヌンキドゥル伝統市場における伝統食のエスノガストロノミーとその保全の展望(ジーエスシー・バイオロジカル・アンド・ファーマシューティカル・サイエンシズ・2026年08月)