著者の所属・活動拠点の国は、ギリシャです。
掲載誌:Journal of Food Measurement & Characterization
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
サラダ用にカットされた野菜がパックの中でどのように「呼吸」しているか、気にしたことはあるだろうか。野菜や果物は収穫後も生きた組織として呼吸を続けており、酸素を取り込み二酸化炭素を排出する。この呼吸のバランスを表す指標が「呼吸商(RQ)」で、二酸化炭素の排出速度を酸素の消費速度で割った値として計算される。理論上は1に近ければ主に酸素を使った通常の呼吸、値が上がれば酸素不足や代謝ストレス、場合によっては発酵的な代謝が関係している可能性が指摘されてきた。ただしRQはあくまで二つの測定値の比であるため、分母となる酸素消費速度が小さくなると、わずかな変化や測定誤差でも数値が大きく振れてしまうという統計的な難しさを抱えている。ギリシャのアテネ農業大学(Agricultural University of Athens)のC. TemplalexisとG. Xanthopoulosは、この「RQのぶれやすさ」に酸素と二酸化炭素のどちらがどの程度関わっているのかを、生鮮およびカット済み野菜を使った実験データで検証した。
どのように調べたのか
実験に使われたのはロメインレタス(Lactuca sativa var. Romana)、ホウレンソウ(Spinacia oleracea var. longifolia)、プチトマト(Solanum lycopersicum var. cerasiforme)、そしてレタス40%・ホウレンソウ40%・プチトマト20%からなるミックスサラダの4種類で、1サンプルあたり約30gに調整された。それぞれを「無傷(丸ごと)」「粗切り(3〜6cm)」「細切り(0.5〜1.0cm、トマトは薄切り約0.5cm)」の3段階のカット強度に分け、さらに大気(Air、酸素20.95%・二酸化炭素0.04%)、Mix A(酸素3%・二酸化炭素5%)、Mix B(酸素4%・二酸化炭素10%)、Mix C(酸素5%・二酸化炭素3%)という4種類のガス条件下、平均4.08℃の低温で保存された。呼吸速度は赤外線CO₂モニター(Riken Keiki製 RI-411A)とガス分析計(Dansensor製 CheckMate 3)を組み合わせて測定され、0時間から168時間(7日間)にわたり複数回計測が行われている。データクリーニングの過程で、酸素消費速度が極端に小さい観測値(0.01 mL/kg/h未満)は数値的な不安定さを避けるため除外され、最終的に1,185件の時系列データが解析に使われた。
解析には、繰り返し測定データの相関を考慮する一般化推定方程式(GEE)に加え、酸素と二酸化炭素の分圧からRQを予測する二次の応答曲面モデルを構築し、モンテカルロシミュレーション(1万回の試行)、トルネード分析(各要因を5〜95パーセンタイルの範囲で変動させた際の影響度を見る手法)、偏順位相関係数(PRCC)、そしてブロック単位の準偏決定係数(各変数群をモデルから除いたときにどれだけ当てはまりが落ちるかを見る方法)という4つの異なる角度からの感度分析が行われた。これは、単一の指標だけでは見えない「RQのぶれの正体」を多面的に照らし出す狙いによるものだ。
研究でわかったこと
GEEによる解析では、大気条件(Air)や品目(ホウレンソウ、プチトマト)、特定のガス×カットの組み合わせがRQに統計的に有意な影響を与えていた。特に目立ったのは、Mix C(低酸素・中程度の二酸化炭素)と細切りの組み合わせで、RQを押し上げる方向に最も大きな交互作用(係数0.4378、p=0.042)が見られたことだ。ホウレンソウはレタスに比べてRQが高くなる傾向があり、逆にプチトマトは低くなる傾向が示された。時間の経過とともにRQが大きく上昇する条件では、同時に酸素消費速度(RO₂)の低下も観察されており、酸素が不足気味の状態とRQの上振れが重なって起きる様子がうかがえた。
ここからが本研究の核心部分である。応答曲面モデルを使ったトルネード分析では、標準的な解析条件のもとで、二酸化炭素分圧を動かした場合の影響幅(3.258)が、酸素分圧を動かした場合の影響幅(0.733)を大きく上回った。この傾向は、極端な値を丸める「ウィンザー化」という頑健性チェックを行っても変わらなかった(二酸化炭素3.367、酸素0.743)。ところが、酸素消費速度がある程度高い状態のデータだけに絞り込んで同じ解析を行うと、順位が逆転し、酸素の影響幅(1.136)が二酸化炭素の影響幅(0.797)を上回る結果になった。つまり、「どちらの気体がRQをより揺さぶるか」という答えは、どのデータ範囲を見るかによって変わり得るということが示されたのである。
さらに、観測データそのものを使った偏順位相関係数(PRCC)の分析では、二酸化炭素とRQの間に統計的に見て「意味のある」相関はあるものの、その相関の強さ自体は極めて弱く(−0.0708、p=0.0148)、酸素についてはほぼ相関が見られなかった(0.0006、p=0.9824)。一方、モデルの当てはまりへの寄与度を見るブロック単位の準偏決定係数では、酸素関連の変数群を取り除いたときの当てはまりの低下(0.0677)のほうが、二酸化炭素関連の変数群を取り除いたとき(0.0377)よりも大きいという、また別の結果が得られた。著者らは、これらの指標がそれぞれ「何を測っているか」が異なる以上、順位が食い違うこと自体は矛盾ではなく、RQへの大気の影響が「どの指標で見るか」「どのデータ範囲で見るか」に依存する、複合的な性質を持つことを意味すると説明している。
この研究の読み方と限界
著者ら自身が強調しているのは、RQを単独の「発酵の生化学的指標」として扱うべきではないという点だ。RQの値が上がったからといって、それだけで発酵が起きていると断定することはできず、エタノールやアセトアルデヒドといった代謝物質の実測がなければ発酵の裏付けにはならないとされている。また、応答曲面モデル自体の説明力は標準的な条件下では高くなく(自由度調整済み決定係数0.0999)、酸素消費速度の高いデータに絞った場合には説明力が上がる(0.4168)など、モデルの当てはまりの良さも解析範囲によって変動する。加えて、モンテカルロシミュレーションで得られた予測値の一部は、統計モデル上の制約のなさから生理学的にあり得ない範囲(RQがマイナスになるなど)にまで広がっており、著者らはこれをモデルの限界として明示し、生理学的な結論には使っていない。実験デザインについても、品目・カット・ガス条件・サンプル・繰り返しの組み合わせが完全には揃っておらず、不均衡なデータセットであったことが述べられている。全体として本研究は、特定の食品が体に良い・悪いといった結論を導くものではなく、保存中の野菜の呼吸をどう数値的に評価すべきかという、食品保存科学における測定・解析手法の妥当性を検証したものである。
まとめ
この研究は、パック入り野菜の保存環境(ガス組成やカットの仕方)がRQという呼吸の指標に複雑な形で影響することを、レタス・ホウレンソウ・プチトマト・ミックスサラダを用いた実験と複数の統計手法で示した。二酸化炭素と酸素のどちらがRQの変動により強く関わるかは、見る指標や対象データの範囲によって結果が変わり得ることが確認されており、著者らはRQを単一の判定基準としてではなく、酸素消費速度・二酸化炭素排出速度とあわせて経過を追う「軌跡」として解釈すべきだと結論づけている。あくまで一つの実験研究であり、ここから得られた知見が他の品目や保存条件にそのまま当てはまるとは限らない点には留意したい。
原著論文の著者・所属:C. Templalexis(School of Environment and Agricultural Engineering, Department of Natural Resources Development and Agricultural Engineering, Agricultural University of Athens, 75 Iera Odos Str., 11855, Athens, Greece)、G. Xanthopoulos(School of Environment and Agricultural Engineering, Department of Natural Resources Development and Agricultural Engineering, Agricultural University of Athens, 75 Iera Odos Str., 11855, Athens, Greece)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):C. Templalexis, G. Xanthopoulos. Contrasting oxygen and carbon dioxide contributions to respiratory quotient variability in fresh and fresh-cut produce under modified atmospheres. ジャーナル・オブ・フード・メジャーメント・アンド・キャラクタリゼーション (2026). DOI: 10.1007/s11694-026-04811-y. 原著ライセンス: cc-by.