トマトの赤い色はリコピンという色素成分によるものですが、遺伝子変異によってオレンジ色になる品種があります。「タンジェリントマト」と呼ばれるこの系統では、リコピンの前段階にあたる「プロリコピン」という物質が蓄積することで独特の色になります。中国・上海交通大学農業生物学院のAnran Xu氏とLingxia Zhao氏の研究チームは、この色の変化を引き起こす遺伝子SlCRTISOに注目し、変異の種類によってトマトの品質や生育にどのような違いが生まれるのかを調べました。
SlCRTISO遺伝子は、プロリコピンを全トランス型リコピンへと変換する酵素をつくる働きを持ちます。この遺伝子が働かなくなると、色だけでなく他の品質特性にも影響が及ぶ可能性がありますが、これまで異なるタイプの変異どうしを比較した研究は少なかったといいます。
研究でわかったこと
研究チームは、SlCRTISO遺伝子に異なる変異を持つ2種類のタンジェリントマト変異体を比較しました。一つは「yft5(yellow/orange-fruited tomato 5)」と呼ばれる、遺伝子に一箇所だけ点変異が入った系統です。もう一つは、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を使って遺伝子そのものを働かなくした(ノックアウトした)系統です。両者の農業形質(果実の大きさや重さなど)と、フラボノイドやクロロゲン酸といったフェノール系成分の含有量、そして遺伝子の発現状況(トランスクリプトーム)を比較しました。
その結果、点変異型のyft5は、ノックアウト系統に比べてフラボノイドやクロロゲン酸、プロリコピンの含有量は低めであったものの、果実の大きさや重さは野生型(変異のない通常のトマト)とほぼ同等に保たれていました。一方、ノックアウト系統では果実サイズが著しく小さくなることが確認されました。つまり、フェノール成分の量と果実の大きさとの間には、いわばトレードオフ(両立しにくい関係)があることが示唆されています。
さらに、果実が熟していく過程でのピアソン相関分析(数値同士の関連性を調べる統計手法)から、植物ホルモンの一種であるアブシジン酸(ABA)の量が、ルチンやクロロゲン酸、プロリコピンとリコピンの比率と負の関連を示すことが分かりました。遺伝子発現の解析では、ノックアウト変異のほうがyft5の点変異よりも、糖や有機酸などの基本的な代謝(一次代謝)により大きな影響を与えていることが示されました。また、ABA合成に関わる遺伝子NCED2(9-cis-epoxycarotenoid dioxygenase 2)は、開花後38日の「マチュアグリーン期」と呼ばれる成熟段階のyft5果実で特異的に発現が高まっており、これはABA量の変化とも一致していました。ほかにも、フラボノイド合成に関わるCHS(chalcone synthase)、クエン酸合成に関わるCS(citrate synthase)、糖代謝に関わるINV(invertase)といった品質関連遺伝子が、ノックアウト系統の熟成過程で顕著に発現上昇していたことも報告されています。
この研究の位置づけ
この研究は、同じ「オレンジ色トマト」であっても、原因となる遺伝子変異の種類によって果実の品質や収量に関わる形質が大きく異なりうることを示すものです。研究チームは、点変異型のyft5について、フェノール成分はやや少ないものの果実サイズが保たれる点で、品質育種に活用できる遺伝資源としての可能性があると位置づけています。ただし、これは特定の変異体を用いた一つの研究であり、実際の栽培環境や他の品種での再現性、また人が摂取した際の健康への影響などについては、この論文だけでは判断できません。
まとめ
タンジェリントマトの色を決めるSlCRTISO遺伝子について、変異の種類(点変異かノックアウトか)によって果実の大きさやフェノール成分量、遺伝子発現のパターンが異なることが、今回の研究で報告されました。フェノール成分と果実サイズの間に見られたトレードオフの関係は、今後の品種改良を考えるうえで一つの手がかりになりうるものですが、あくまで基礎研究段階の知見であることに留意が必要です。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Anran Xu, Lingxia Zhao. Divergent Effects of Distinct SlCRTISO Alleles on Phenolic Content, Fruit Size, and Transcriptomic Profiles in Tangerine Tomatoes. ホーティカルチュラエ (2026). DOI: 10.3390/horticulturae12080982. 原著ライセンス: cc-by.