著者の所属・活動拠点の国は、マレーシアです。
掲載誌:語言與跨文化研究
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:料理に込められた健康の考え方を比べる
食べ物は味や栄養を得るためだけのものではなく、体を整え健康を保つための知識を受け継ぐ手段でもあります。この研究で著者らは、多民族社会マレーシアの二つの料理を取り上げ、人々がそれらを通じて健康や体のバランス、文化的な遺産についてどのように語っているかを比べました。
一つはマレー系の人々の「ナシ・ウラム」です。細かく刻んだ生のハーブ、すりおろしたココナッツ、香辛料をご飯に混ぜた伝統料理です。もう一つはマレーシア華人の「バクテー(肉骨茶)」で、豚のスペアリブを当帰(トウキ)、肉桂(ニッケイ)、甘草などの生薬と一緒に煮込んだスープです。
比較の手がかりとして、著者らは中国の食養生の言説に由来する「食薬同源」という考え方を用いています。これは食べ物と薬を連続したものと見る考え方です。ただし論文は、これを比較のための分析用の言葉として使うと明記しています。マレー系の人々が自らこの区分を持っているとか、二つの伝統が同じ考え方だと主張するものではありません。研究では二つの問いを立てました。人々はこれらの料理を通じて体の健康をどう説明しているか。そして、環境、薬としての食の知識、世代間の継承をどう解釈しながら、こうした習慣を続けているか、です。
どのように調べたか
研究は「エスノグラフィー」と呼ばれる質的な方法で行われました。これは現地に身を置き、人々の日常を観察し話を聞きながら、その文化の論理を理解しようとする手法です。著者らは2024年11月から2025年5月にかけて、バクテー発祥の地とされるクランと、東海岸のクランタン州、トレンガヌ州を断続的に訪れました。台所、朝市、レストラン、生薬店などで調査を行っています。
協力者は42人です。そのうち36人に半構造化インタビューを行いました。これは大まかな質問項目を用意しつつ、相手の話に応じて掘り下げる聞き取りの方法です。残る6人からは、観察や雑談を通じて情報を得ました。あわせて、料理書、マレーのハーブに関する書物、中国の古典的な食養生書、生薬の事典など、6点の文献を読み込みました。現在の語りを歴史的・比較的な文脈に位置づけるためです。
著者らは、この調査が統計的な代表性を目指したものではないと述べています。結果は選ばれた協力者の見方を示すもので、マレー系や華人の社会全体に一般化できるものではありません。
主な結果:冷ます知恵と温める知恵
東海岸のマレー系の協力者は、ナシ・ウラムを「パナス(熱)」「スジュック(冷)」「アンギン(風)」という体の捉え方と結びつけて語りました。ある年配の女性は「ウラムは体を涼しく保ち、蒸し暑い日にはアンギンを取り除いてくれる」と話しています。市場の売り手も、ウラム・ラジャやツボクサ(ペガガ)といったハーブを暑さによる不調に良いものとして勧めていました。
一方、クランの華人の協力者は、バクテーを体を温めるものや「気」に関わる言葉で語りました。病後や重労働の後の回復と結びつけることも多く見られました。ある男性は、父親から「湿気に負けないよう体には温かさが必要だ」と教わったと振り返っています。店主によれば、雨の多い時期には肉桂入りの生薬ミックスが好まれるといいます。論文は、どちらの説明も参加者による文化的な解釈として報告しています。体への効果を独自に確かめたものではないと繰り返し断っています。
知識の受け継がれ方も観察されました。トレンガヌの家庭では、年配の女性たちが若い家族にハーブの見分け方や下ごしらえを、実際の作業を通じて教えていました。クランでは、父から子へ季節に応じた生薬の調合を伝えるという語りが記録されています。その一方で、変化も見られました。クランタンの若い世代はナシ・ウラムに新しいハーブを加えて味を工夫しています。クランの若い店主たちは、家伝のレシピを調理用の生薬パックとして商品化していました。著者らはこれらを、伝統が保たれながら形を変えていく例として示しています。
この研究が示すこと
著者らによれば、二つの料理には共通点があります。どちらも食と薬を連続したものと捉え、熱帯の環境を意識した語りの中に位置づけられています。一方で、マレー系の協力者が冷ますことや散らすことを通じて健康を語るのに対し、華人の協力者は温めることや補うことを通じて語るという違いがありました。ただし論文は、パナスやスジュック、アンギンが陰陽や気にそのまま置き換えられるわけではないと指摘しています。また個人が異なる考え方を組み合わせることもあり、「冷ます対温める」という単純な二分法では捉えきれないとも述べています。
さらに著者らは、ナシ・ウラムが主に家庭や市場で、バクテーが店や家庭で記録されたという違いについて注意を促しています。この違いは調査地の選び方を一部反映したものであり、民族間の一般的な違いとして読むべきではないとしています。
この研究は、料理の健康効果を測定したものでも、気候が料理を生んだという歴史的因果を証明したものでもありません。示されたのは、同じ熱帯の地で暮らす人々が、それぞれ固有の言葉で食と体と遺産を結びつけて語っている姿です。そうした語りは、家族の教えや商いを通じて受け継がれながら、少しずつ形を変えていました。
原著論文の著者・所属:Xianyue Lang、Lay Hoon Ang、Zalina Binti Mohd Kasim
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Xianyue Lang, Lay Hoon Ang, Zalina Binti Mohd Kasim. The Wellness Heritage of Malay and Chinese Food & Medicine Homology Traditions in Malaysia. 語言與跨文化研究 2026-11-03. DOI: 10.70693/jlis.v1i1.697. 原著ライセンス:CC BY.