著者の所属・活動拠点の国は、イタリア、フィリピン、インドネシア、イギリス、オランダ、アメリカです。

掲載誌:UCL open. Environment

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

研究の目的

海では、特定の植物プランクトンなどの藻類が急に増えることがあります。これを「有害藻類ブルーム」と呼び、赤潮もその一つです。こうした藻類がつくる毒素は貝や魚に蓄積し、それを食べた人に中毒を起こすことがあります。代表的なものに、貝を介した麻痺性貝毒や、魚を介したシガテラ中毒があります。

論文によると、東南アジアでは1970年代からこうした中毒が記録されてきました。特にフィリピンとマレーシアは、地域で最も深刻な影響を受けてきた国とされています。また、これらの国では多くの人が海の資源を生計や食料に頼っています。それにもかかわらず、被害の実態を把握するには、患者の発生をどこで捉え、どのように集計しているかを知る必要があります。

そこで研究チームは、フィリピン、マレーシア、インドネシアの3か国を対象に調べました。有害藻類ブルームへのばく露によって生じる人の健康被害について、どのようなデータ収集の仕組みがあるか、どこで症例が記録されるか、データがどの関係者の間でどう流れているかを明らかにすることを目指しました。可能な範囲で、住民、医療機関、地方当局、国の機関の間の連携の形も再構成しています。

どのように調べたか

この研究は、既存の文献を幅広く集めて全体像を描く「スコーピングレビュー」です。研究チームはPubMed、Web of Science、Scopusという3つの文献データベースを使いました。1970年から2024年7月23日までの資料を対象に、貝毒やシガテラなど7種類の中毒について、症例の調べ方を報告した文献を検索しました。

データベースでは見つからない資料を補うため、Google Scholarでの追加検索も行いました。インドネシア語などの現地語による検索や、関係機関のウェブサイトでの報告書・政策文書の探索も実施しています。対象には査読論文に加えて、会議録、報告書、報道記事なども含めました。

さらに、各国の保健統計や疾病監視の報告、国際的な有害藻類の事象データベースなど、症例データを持っている可能性のある国内・国際のデータセットを直接確認しました。これは、有害藻類ブルームに関連する症例を個別に取り出せるデータが公開されているかどうかを確かめるためでした。

なお、フグ毒(テトロドトキシン)による中毒は有害藻類由来ではありません。ただし、海産物を食べて起こり、受診や監視の経路が藻類由来の中毒と共通すると考えられるため、研究チームは対象に含めています。

主な結果

データベース検索では2683件の記録が見つかり、重複を除いた2193件を精査しました。最終的に分析に含めたのは23件の報告で、発表年は1977年から2018年にわたります。国別では、フィリピンが16件(70%)、マレーシアが6件(26%)でした。インドネシアは1件(4%)にとどまり、国による偏りが大きいことが分かりました。

確認した国内・国際のデータセットからは、7種類の中毒について、有害藻類ブルームに関連する症例を個別に取り出せるデータは得られませんでした。

データの出どころとしては、医師による報告、医療施設の記録、政府のデータが挙げられました。マレーシアでは、医療者、研究者、行政担当者の間で交わされる医師からの連絡にデータが依存していました。著者らは、こうした汎用的な連絡経路に頼ることで、データの信頼性や一貫性、網羅性に懸念が生じると指摘しています。一方、フィリピンなどでは、住民、医療機関、地方や国の機関が関わる、より多様なデータの流れが見られました。

医療の中で症例を捉えうる地点は、家庭での自己報告から診療所、病院、地方保健当局まで幅広くあります。それでも、かかりつけ医などのプライマリケアや、外来の専門診療がデータ源として示された例はまれでした。疾病分類のコード付けや、データの統合といった公衆衛生システムの重要な要素は、含めたどの記録にも記載されていませんでした。

扱われていた中毒はシガテラ、麻痺性貝毒、フグ毒などが中心でした。記憶喪失性貝毒や神経性貝毒、パリトキシン中毒などについては、原因となる毒素が地域で確認されているにもかかわらず、記録が見つかりませんでした。

また著者らは、3か国の監視が主に「危険源」を起点にしていると述べています。つまり、藻類の発生や貝の毒性、汚染された製品の監視は比較的整っている一方、人の側での症例の発見、報告、分類、データ統合は断片的であるか、記録が乏しいという状況です。フィリピンで過去に見られた多機関の連携体制についても、現在では縮小しており、過去の形態にとどまるとしています。

研究が示すこと

著者らは、3か国の監視体制の弱さは、個別の欠陥が並んでいるのではなく、連鎖的に生じていると結論づけています。まず、検証された臨床上の症例定義がないため、診断が一貫しません。次に、専用の疾病コードがないため、症例を一貫して分類できません。さらに、分野をまたいで統合された報告経路がないため、症例を集計できません。これらが重なり、病気の負担を信頼できる形で推計することが構造的に不可能になっているといいます。

論文はまた、こうした課題に取り組むよう求める政府間の呼びかけはすでに存在していると指摘しています。そのうえで、残る主な課題は方針の欠如ではなく、各国でそれを実際の仕組みとして運用することだと述べています。

ただし、この研究は主に公開された文献を対象にしています。行政のデータベースなど、外部から確認できない資料にあるデータ源は捉えきれていない可能性があることも、著者ら自身が認めています。それでも、海とつながって暮らす人々の健康被害が見えにくい状態にあることを、記録の側から具体的に示した研究だといえます。

原著論文の著者・所属:Morsella A(Università Cattolica del Sacro Cuore, Rome, Italy.; University of Porto, Portugal.)、Alcantara Creencia L(Western Philippines University, Puerto Princesa, Philippines.)、Praptiwi RA(Research Center for Ecology, National Research and Innovation Agency (BRIN), Cibinong, Indonesia.)、Scarsi N(Università Cattolica del Sacro Cuore, Rome, Italy.; Institute for Biomedical Research and Innovation (CNR-IRIB), National Research Council of Italy, Istituto Marino Di Mortelle, Messina, Italy.; University of Perugia, Italy.)、Lombardi GS(Università Cattolica del Sacro Cuore, Rome, Italy.)、Ricciardi W(Università Cattolica del Sacro Cuore, Rome, Italy.)、Fleming LE(University of Exeter, UK.)、Cadeddu C(Erasmus School of Health Policy & Management, Erasmus University Rotterdam, The Netherlands.)、Gribble MO(University of California San Francisco (UCSF), USA.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Morsella A, Alcantara Creencia L, Praptiwi RA, et al. The landscape of data sources for marine harmful algal bloom-related disease surveillance in the Philippines, Malaysia and Indonesia: a systematic scoping review. UCL open. Environment 2026-10-08. DOI: 10.14324/111.444/ucloe.3524. 原著ライセンス:CC BY.