著者の所属・活動拠点の国は、中国、韓国です。
掲載誌:Animals
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
動物の細胞を培養して食肉をつくる「培養肉」では、筋肉のもとになる細胞を効率よく増やし、筋肉の細胞へ育てる技術が欠かせません。その中心となるのが、筋線維のそばにいる筋肉の幹細胞「骨格筋サテライト細胞」です。この細胞は活性化すると増殖し、やがて分裂をやめて分化し、互いに融合して多数の核を持つ筒状の筋管を形づくります。増殖から分化への切り替えがうまく調整されることが、筋肉の発達や修復に重要とされています。
細胞の核の中には、タンパク質をつくる装置であるリボソームの組み立て工場「核小体」があります。リボソームを構成するタンパク質の量のバランスが崩れると「核小体ストレス」が生じ、細胞の増殖を止める働きを持つタンパク質p53が活性化することが知られています。RPS27Lはリボソームタンパク質の一種で、これまで主にがん細胞の研究で、p53の働きを後押しする因子として報告されてきました。しかし、RPS27Lの量の乱れそのものがp53を活性化させるのか、また筋サテライト細胞でRPS27Lが減るとどうなるのかは分かっていませんでした。
研究チームは、ウシの骨格筋サテライト細胞でRPS27Lを減らしたり増やしたりして、細胞の増殖や分化、p53の活性、核小体の状態がどう変わるかを調べました。
何を調べたか
研究チームは、生後1日の延辺黄牛(中国在来のウシ品種)の子牛のふくらはぎの筋肉からサテライト細胞を取り出して培養しました。RPS27Lを減らす実験には、特定の遺伝子の働きを弱める短いRNA(siRNA)を用いました。なお著者らは、ウシにはRPS27Lとほぼ同じ配列を持つ別の遺伝子領域があり、この方法では両方がまとめて抑えられている可能性があると述べています。RPS27Lを増やす実験では、ウシのものとアミノ酸が1か所だけ異なるヒトのRPS27L遺伝子を細胞に導入しました。
そのうえで、細胞の増え方、増殖や筋分化の目印となる遺伝子・タンパク質の量、細胞同士の融合の程度を調べました。さらに、細胞内で働いている遺伝子を網羅的に調べるRNAシーケンス解析、p53の活性化を示すリン酸化の検出、核小体の目印となるタンパク質ヌクレオリン(NCL)の細胞内での分布の観察も行いました。
主な結果
RPS27Lを減らすと、サテライト細胞の増殖はほぼ完全に止まり、増殖の目印であるKi67やPCNAの量も大きく低下しました。一方で、MyoD、MyoG、MyHCといった筋分化の目印は増え、細胞同士が融合する割合も高まりました。つまり、RPS27Lが減ると細胞は増えるのをやめ、早めに分化へ向かったと報告されています。
RPS27Lを増やした場合も、細胞の状態は変化しました。著者らによると、増殖の抑制は比較的穏やかでしたが、細胞の融合の割合は低下し、最終段階の分化の目印であるMyHCタンパク質はほとんど見られず、分化が妨げられていました。
意外なことに、RPS27Lを減らした場合も増やした場合も、p53のリン酸化が起こり、p53に関連する多くの遺伝子が似たパターンで変化しました。また、両方の条件で、ストレス応答に関わる複数の遺伝子の働きが高まっていました。これまでRPS27Lはp53の働きを支える因子と考えられてきましたが、量が多すぎても少なすぎてもp53が活性化したことになります。
さらにRPS27Lを減らした細胞では、通常は核小体に集まっているヌクレオリンが核全体に散らばっていました。ヌクレオリンと核全体の染色像との重なりを示す相関係数は、0.28から0.81へ上昇しました。著者らはこれを、核小体の構造が大きく乱れ、核小体ストレスが生じていることを示すものと解釈しています。
研究の意味
著者らは、RPS27Lは単にp53の働きを後押しするだけではなく、核小体の健全さを保つ役割を担っており、その量が適切な範囲から外れると核小体ストレスを通じてp53が活性化し、サテライト細胞の増殖と分化のバランスが崩れるというモデルを提案しています。ただし、RPS27Lがヌクレオリンの働きを直接調節しているのかどうかは、まだ確かめられていないとしています。
この研究は、筋肉の幹細胞にとってリボソームタンパク質の「ちょうどよい量」が重要であることを示しました。著者らは、この知見が筋幹細胞の理解を深め、培養肉生産の効率改善を考えるうえでの手がかりになりうると述べています。
原著論文の著者・所属:Haina Xu(Department of Animal Science, College of Agriculture, Yanbian University, Yanji 133002, China; Engineering Research Center of North-East Cold Region Beef Cattle Science & Technology Innovation, Ministry of Education, Yanbian University, Yanji 133002, China)、Xingcun Zhang(Department of Animal Science, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266000, China)、Yifan Zhang(Department of Animal Science, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266000, China)、Minghui Zhao(Department of Animal Science, Qingdao Agricultural University, Qingdao 266000, China)、Xiangzi Li(Department of Animal Science, College of Agriculture, Yanbian University, Yanji 133002, China; Engineering Research Center of North-East Cold Region Beef Cattle Science & Technology Innovation, Ministry of Education, Yanbian University, Yanji 133002, China)、Seongho Choi(Department of Animal Science, Chungbuk National University, Cheongju 28644, Republic of Korea; Engineering Research Center of North-East Cold Region Beef Cattle Science & Technology Innovation, Ministry of Education, Yanbian University, Yanji 133002, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Haina Xu, Xingcun Zhang, Yifan Zhang, et al. RPS27L Maintains Nucleolar Homeostasis to Regulate Proliferation and Differentiation of Bovine Skeletal Muscle Satellite Cells. Animals 2026-08-17. DOI: 10.3390/ani16162564. 原著ライセンス:CC BY.