アスファルトの割れ目や公園の歩道脇など、都市部の舗道からひょっこり顔を出すキノコを見たことがある人もいるかもしれません。ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ市街地でよく見られる「舗道キノコ(Agaricus bitorquis)」もそうした種のひとつで、地域によっては食用として採取されることがあります。しかし都市の土壌は交通量や周辺環境によって金属成分が蓄積しやすく、そこに生えるキノコが土壌中の重金属をどの程度取り込んでいるのかは、食べる立場からすると気になるところです。この研究は、サラエボ市街地で採取した舗道キノコと、その生育場所の土壌を対象に、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、鉛(Pb)、クロム(Cr)、カドミウム(Cd)、ニッケル(Ni)という6種類の重金属含有量を調べ、食べた場合の健康リスクを評価したものです。

何を、どうやって調べたのか

研究チームは、サラエボ市街地の複数の地点で舗道キノコとその生育土壌を採取し、フレーム原子吸光分光法という手法で6種類の重金属の含有量を測定しました。土壌からキノコへ金属がどれだけ移行しやすいかを示す指標として「生物濃縮係数(BAF)」を算出し、さらに、これらのキノコを日常的に食べ続けた場合に健康へ及ぼす長期的な非発がん性リスクを評価するため「ターゲットハザード指数(THQ)」という値を、大人と子どもそれぞれについて計算しています。

研究でわかったこと

まず土壌の分析から、サラエボ市街地の一部の地点では銅と鉛による汚染がみられることが確認されました。一方、キノコの子実体(食用部分)に含まれる重金属の平均量は、採取した土壌の汚染状況にかかわらず、銅、亜鉛、鉛、クロム、ニッケル、カドミウムの順に多いという傾向が共通してみられました。

生物濃縮係数を見ると、舗道キノコはカドミウムと銅を土壌から効率よく取り込む一方で、鉛とニッケルについては吸収する能力が限られていることが示されました。つまり、同じ土壌に生えていても、金属の種類によって蓄積されやすさに差があるということです。そして最も注目される結果として、大人・子どものいずれについても、調べた6種類の重金属すべてでTHQ値が1を大きく下回りました。THQが1未満であることは、その物質を通じた非発がん性の健康リスクが低いと解釈される目安とされており、この研究の結果は、実験対象とした地点で採取された舗道キノコを食べても、調べた重金属による非発がん性の健康リスクは生じないことを示唆しています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この研究は、サラエボ市街地という特定の地域・特定の地点で採取された舗道キノコと土壌を対象にした調査であり、得られた結果がすべての都市や季節、あるいはすべてのキノコ個体に一様に当てはまるとは限りません。土壌の重金属汚染は地点ごとに差があることが本研究でも示されており、採取場所が変われば結果も変わりうる点には注意が必要です。また、今回評価されたのはあくまで非発がん性の長期リスクに関する指標であり、この結果をもって舗道キノコの摂取を一般的に推奨する、あるいは安全性を保証するものではありません。一つの調査研究として得られた知見と捉えるのが適切です。

まとめ

今回の研究は、都市の舗道に生えるキノコが土壌中の重金属、とりわけカドミウムと銅を取り込みやすい性質を持つ一方で、サラエボ市街地の調査地点で採取された個体を食べる分には、調べた重金属による非発がん性の健康リスクは低いと考えられることを示しました。身近な都市環境に生えるキノコと土壌汚染の関係を科学的に検証した一例として、今後同様の調査が他地域でも積み重ねられることが期待されます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Anis Hasanbegović, Jasna Avdić, Alka Turalija, et al. Heavy Metal Content in Pavement Mushrooms Harvested within the Urban Area of Sarajevo (Bosnia and Herzegovina) and an Assessment of Associated Health Risks. エンバイロメント・アンド・ナチュラル・リソーシズ・ジャーナル (2026). DOI: 10.32526/ennrj/24/20250344. 原著ライセンス: cc-by-nc.