著者の所属・活動拠点の国は、中国です。
掲載誌:Frontiers in Sustainable Food Systems
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
2022年1月1日から順次発効した地域的な包括的経済連携(RCEP)は、日本、中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国、オーストラリア、ニュージーランドが参加する大規模な自由貿易の枠組みです。著者らは、RCEPが地域の産業構造を組み替え、水産物の貿易にも大きな影響を与えると考えました。
そこで研究チームは、正式に署名された協定文書をもとに、RCEPで定められた関税の引き下げと、通関手続きの迅速化などの「貿易円滑化」が組み合わさったとき、中国の水産物の生産、輸出入、取引相手国、そして国民の経済的な豊かさ(厚生)がどう変わるかを試算しました。
どのように調べたか
分析には、米国パデュー大学が開発したGTAP(世界貿易分析プロジェクト)モデルが使われました。これは、多数の国・地域と産業部門の結びつきを一つの経済全体として表現し、ある政策が世界経済にどう波及するかを計算する「計算可能一般均衡(CGE)モデル」と呼ばれる手法です。データベースは2017年の世界の産業連関表を基にしたGTAP 11.0版で、141の国・地域と65の部門を含みます。著者らはRCEP加盟国(データ不足のためミャンマーを除く)や、ロシア、ノルウェー、米国、カナダ、インド、エクアドル・ペルー・チリのグループなど、中国の主要な水産物取引相手を区別して扱いました。
RCEP発効の前年である2021年を分析の出発点とするため、GDP、人口、資本、労働力などの経済指標を用いて、2017年のデータを2021年の状態へ段階的に更新しました。水産物としては、生きた魚、生鮮・冷蔵の魚、甲殻類、軟体動物、海藻、真珠などを含む部門を対象としています。魚の干物や魚油など一部の加工水産物はモデル上「その他の食品」部門に含まれますが、この部門には果物やお菓子など水産物以外の食品が多く混在するため、分析には含めていません。
関税の変化は、加盟国の関税引き下げ約束表に記載された税率を品目ごとに平均し、2021年の輸入額で重み付けして計算しました。貿易円滑化は、輸入の通関にかかる時間が半分になると仮定し、その時間短縮を貿易コストの削減に換算してモデルに与えています。
そのうえで、関税引き下げだけの場合、貿易円滑化だけの場合、両方を組み合わせた場合の三つのシナリオを比較しました。さらに、発効前、発効1年目、5年目、10年目、15年目、20年目というシナリオを設けて、時間とともに影響がどう変わるかを追いました。
主な結果
論文によると、RCEPによって加盟国間の水産物の平均関税率は6.60%から0.72%へと下がり、引き下げ幅は89.10%に達します。中国産水産物に対する関税は、一部の例外を除き多くの加盟国で90%を超えて引き下げられ、中国自身が加盟国に与える引き下げ幅は95%を超えるとされています。また、平均的な輸入通関時間は37.84%、輸出通関時間は19.42%改善すると報告されています。
三つのシナリオを比べると、関税引き下げと貿易円滑化を組み合わせた場合に最も大きな影響が出ました。RCEPが完全に実施された後の変化率は、組み合わせシナリオで産業の生産額がプラス0.0400%、輸出額がプラス1.7308%、輸入額がプラス4.6407%、国内販売はマイナス0.0030%でした。厚生の指標である等価変分(政策後と同じ満足度を得るために必要な所得の変化を金額で表したもの)は、関税引き下げのみで1億1309万ドル、貿易円滑化のみで1478万ドル、組み合わせで1億3093万ドルでした。著者らは、組み合わせの効果がそれぞれの効果の単純な合計より大きいことから、二つの政策の間に相乗効果があると述べています。
時間の経過で見ると、発効後5年間で中国の水産物の産業生産額はプラス0.02%、輸出はプラス0.81%と着実に伸び、国内販売はわずかに0.0006%減少しました。15年目には生産額がプラス0.04%、輸出がプラス1.54%となり、国内販売は0.003%減少しています。著者らは、輸出が伸びる一方で、国内の消費の高度化により輸入水産物への需要が増え、輸入品が国産品の国内販売の余地をある程度狭めると説明しています。全体として、輸入の伸びが輸出の伸びを上回るという結果でした。
取引相手の変化では、中国から多くのRCEP加盟国への輸出が増え、輸入はカンボジア(14.268%増)、タイ(14.113%増)、フィリピン(11.651%増)からの伸びが最も大きく、ニュージーランドからはわずかに0.016%減少しました。一方、ロシア、カナダ、エクアドル・チリ・ペルーのグループといったRCEP非加盟の伝統的な取引相手への輸出は全体に減少しました。著者らはこれを、域内の貿易が魅力を増し、取引が域外から域内へ移る「貿易転換効果」の表れと解釈しています。
厚生の面では、国ごとの差が大きく、時間とともに広がりました。中国の等価変分は、基準となる状態のマイナス1106万ドルから1億3093万ドルへと上昇し、加盟国の中で最も大きく改善しました。これに対し日本は5999万ドルからマイナス3億7095万ドルへと低下し、最も大きな悪化となりました。なお著者らは、この指標は水産物部門だけでなく経済全体の厚生の変化を示すものであり、また基準となる状態の値は2021年へのデータ更新に伴う構造変化を反映したもので、RCEPの効果ではないと注意を促しています。
実際のデータとの照合と研究の意味
研究チームは、試算の傾向を実際の貿易データとも照らし合わせました。業界団体の発表によると、RCEP発効1年目の2022年、中国の水産物輸入は前年比35.88%増、輸出は4.62%増で、輸入の伸びが輸出を大きく上回りました。これは試算と同じ方向です。ただし実際の輸入の伸びは試算よりかなり大きく、著者らは、新型コロナウイルス対策の見直し後に抑えられていた消費需要が一気に戻ったことなども重なったためだと説明しています。また2022年には、主要な輸出先の上位10カ国のうちRCEP加盟国向けがいずれも増加し、非加盟国のメキシコやカナダ向けは減少しており、域内取引が域外より速く伸びるという試算とも整合するとしています。
著者らは、このモデルでは衛生・植物検疫措置や原産地規則といった関税以外の障壁を数値として十分に組み込めていないこと、また新型コロナの流行が水産物の供給網に与えた構造的な影響を完全には反映できていないことを、限界として挙げています。
この研究は、RCEPのもとで関税の引き下げと手続きの迅速化が同時に進むことで、中国の水産物貿易が域内に軸足を移しつつ拡大し、その効果は国によって大きく異なりうることを、数値による試算として示しています。
原著論文の著者・所属:Yu Sun(College of Economics and Management (College of Cooperation), Qingdao Agricultural University)、Yani Zhu(College of Economics and Management (College of Cooperation), Qingdao Agricultural University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yu Sun, Yani Zhu. Research on the impact effects of RCEP on China’s aquatic product trade: an analysis based on the GTAP model. Frontiers in Sustainable Food Systems 2026-09-22. DOI: 10.3389/fsufs.2026.1904058. 原著ライセンス:CC BY.