著者の所属・活動拠点の国は、イギリスです。
掲載誌:Molecules
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:調理油の「変化」に目を向ける
加工食品が健康に与える影響については、保存料や着色料、農薬、重金属などが議論されてきました。しかし、食品の製造や調理の過程で油そのものに起きる化学変化は、あまり注目されてこなかったと著者らは指摘しています。この論文は、新しい実験で結論を出す研究ではなく、仮説を提示し、検討すべき課題を整理する「パースペクティブ(見解)論文」です。
著者らが注目したのは、大豆油、トウモロコシ油、キャノーラ油、ヒマワリ油など、多価不飽和脂肪酸(PUFA)を多く含む精製された調理油です。PUFAは酸素と反応して壊れやすく、特に揚げ物などの高温調理で「過酸化」と呼ばれる酸化反応が進みます。その結果、脂質酸化生成物(LOP)が生じます。中でも反応性の高い「アルデヒド」と呼ばれる化合物は、たんぱく質やDNAなどと結合しやすい性質を持ちます。
胎児の脳は代謝が活発で、PUFAを多く含みます。そのため、酸化によるストレスの影響を受けやすいと考えられています。著者らは、妊娠中の母親が酸化した油に由来するLOPを摂取することと、胎児の神経発達の脆弱性とを結びつける概念的な枠組みを提案しました。あわせて、この仮説を確かめるために必要な研究の優先課題を示すことも、論文の目的です。
何を整理し、何を示したか
著者らはまず、こうした油が食生活に広く浸透した経緯を示しました。米国では、大豆油の消費量が1960年以前の1人あたり年間2kg未満から、1999年には約12kgに増えたとする報告を紹介しています。また、体脂肪に含まれるリノール酸(代表的なPUFA)の割合が、1959年から2008年の間に約2.4倍に増えたとする先行研究も挙げています。体内のPUFAが増えることは、体内で酸化される材料が増えることを意味する、と著者らは論じています。
次に、加熱した油でどのようなアルデヒドが生じるかを、自らの研究室のデータをもとに紹介しました。用いたのは、核磁気共鳴(NMR)という手法です。これは、分子の構造を手がかりに、多くの成分を一度に見分けて量を調べる分析法です。浅い鍋で炒め揚げする状況を実験室で模して、油を180℃で最大90分間加熱しました。その結果、トウモロコシ油や大豆油のようにPUFAの多い油で、アルデヒドが多く生じたと報告しています。一方、一価不飽和脂肪酸が多いオリーブ油では、すべての種類のアルデヒドがずっと少なく、PUFAだけから生じる種類では、トウモロコシ油のおよそ半分程度だったとしています。
著者らは、これまでの研究がアルデヒドのうち4-ヒドロキシノネナール(HNE)やマロンジアルデヒド(MDA)に偏ってきた点も問題にしています。実際には、これらの生成量は比較的少なく、加熱した油で量的に多いのは「2-アルケナール」や「アルカ-2,4-ジエナール」と呼ばれる種類でした。そのため、こうした量の多いアルデヒドについて、神経発達への影響を調べる必要があると述べています。
さらに著者らは、欧州食品安全機関(EFSA)の「毒性学的懸念の閾値(TTC)」を用いて、揚げたスナックなど一食分に含まれるアルデヒド量を試算しました。TTCとは、それ以下なら健康への懸念がほぼないとされる摂取量の目安です。この試算では、一部のアルデヒドがTTCを上回ると報告しています。ただし、妊婦向けのTTCはまだ検証されていないことも、著者らは明記しています。また、ポテトチップスを食べた後に体内のアクロレイン(反応性の高いアルデヒドの一種)の量が最大38倍に増えたとする、先行研究の報告も紹介しています。
従来の見方との違い
PUFAを多く含む油については、これまで主に、オメガ6脂肪酸であるリノール酸が炎症を促すのではないか、という観点から議論されてきました。しかし著者らは、15件のランダム化比較試験をまとめた系統的レビューで、健康な成人がリノール酸を多くとっても炎症の指標はほとんど上がらなかったことを挙げています。そのうえで、炎症という観点よりも、PUFAそのものが酸化してアルデヒドなどの毒性物質の原料になるという化学的な観点のほうが重要ではないか、と主張しています。
また、同じ種類のアルデヒドは体内でもPUFAの酸化によって生じます。著者らは、食事から入るLOPが体の抗酸化の防御に負担をかけ、体内での酸化をさらに進める可能性を論じています。ただし、食事由来のLOPがどの程度体内での酸化を促すのかは、まだ十分に調べられていないとも述べています。
この論文が示すもの
この論文は、調理油由来のアルデヒドが胎児の脳の発達を損なうと証明したものではありません。毒性学、脂質化学、発達神経科学、母体栄養学の知見をつなぎ合わせて、その可能性を検討すべき仮説として提示したものです。著者らは、実際の摂取量をより正確に評価すること、アルデヒドなどの酸化物を測る信頼できる指標(バイオマーカー)を開発すること、管理された食事介入研究を行うことを、優先すべき課題として挙げています。
栄養学では、PUFAの多い油は一般に体によいものとされてきました。この論文は、高温で調理されたときに油の中で起きる化学変化と、その産物が妊娠期にどのような意味を持ちうるかという、これまで見落とされがちだった問いを投げかけています。
原著論文の著者・所属:Catherine Shanahan(Leicester School of Pharmacy, Faculty of Health and Life Sciences, De Montfort University, The Gateway, Leicester LE1 9BH, UK)、Martin Grootveld(Leicester School of Pharmacy, Faculty of Health and Life Sciences, De Montfort University, The Gateway, Leicester LE1 9BH, UK)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Catherine Shanahan, Martin Grootveld. Cooking Oil-Derived Aldehydes: Overlooked Components of the Western Diet with the Potential to Disrupt Fetal Brain Development. Molecules 2026-10-03. DOI: 10.3390/molecules31193530. 原著ライセンス:CC BY.