チーズをつくるとき、原料となる生乳は国産のものを使っていても、発酵の主役である「チーズスターター」は輸入品に頼っているのが実情です。チーズスターターとは、乳酸を作り出してチーズの土台を作る乳酸菌や、チーズごとの風味・香り・食感を決定づける発酵微生物のことで、伝統的なチーズから分離された菌株が使われています。生乳の産地や乳牛の飼い方で個性を出そうとしても、発酵を担う微生物が海外由来の既製品では、外国産ナチュラルチーズとの違いを打ち出しにくいという課題があると報告されています。

この研究解説は、国産の材料でチーズスターターを開発しようとする取り組みを紹介するものです。

チーズの発酵を支える二種類の乳酸菌

市販のチーズスターターは、乳酸菌などチーズ製造に特化した数種類の発酵微生物を組み合わせたものです。製造の初期には乳酸発酵で原料乳のpHを下げ、その後は菌体の内外にある酵素の働きで乳成分を分解し、チーズの熟成を進める役割を担うとされています。一方で、チーズの熟成にはスターター由来ではない「非スターター性乳酸菌」も関わっており、これは原料乳や製造環境に由来し、熟成中に増えてチーズの主要な菌叢となることで品質に影響すると説明されています。そのため、風味の改善や熟成の促進を狙って、質の良い熟成チーズから分離した非スターター性乳酸菌を補助的なスターターとして本来のスターターに組み合わせる試みが、これまでにも様々に報告されてきたとのことです。

国産の発酵食品から乳酸菌を探す「Jチーズプロジェクト」

日本各地には、漬物や味噌、醤油、日本酒など、乳酸菌が関わる伝統的な発酵食品が数多くあり、そこからは食経験のある乳酸菌を分離できます。発酵食品ごとに典型的な菌種が存在する一方で、熟成チーズからの分離実績が多い Lacticaseibacillus casei、Lacticaseibacillus paracasei、Lacticaseibacillus rhamnosus、Latilactobacillus curvatus、Lactiplantibacillus plantarum といった乳酸桿菌は、チーズ以外の国産発酵食品からもしばしば見つかるといいます。この点に着目し、講演者らは2017年から北海道・栃木県の公設試験研究機関などとコンソーシアムを組み、「国産スターターを用いたブランドチーズ製造技術の開発(Jチーズプロジェクト)」を実施しました。プロジェクトでは地場の食品190点から676菌株の乳酸菌(講演では「ご当地乳酸菌」と呼ばれています)を分離し、非スターター性乳酸菌を優先的に選び出したうえで、ゴーダチーズの旨味増強や熟成促進効果を指標に4種の乳酸菌を選抜し、補助スターター用途の国産チーズスターター(「Jチーズスターター」)を開発したと報告されています。

効果の確認と今後の展開

Jチーズスターターを添加した効果は、遊離アミノ酸の分析、揮発成分の分析、味覚センサーによる試験などによって確認されたほか、消費者による嗜好調査でも好ましい評価が得られたとされています。講演者は農研機構食品研究部門に所属する研究者で、現在はJチーズスターターの普及を進めている段階にあるとのことです。ただしこの内容は学会の講演要旨として紹介されたものであり、詳細な数値データや統計的な検証結果まではここでは示されていません。特定の乳酸菌やチーズの効果を断定するものではなく、開発の経緯と社会実装に向けた取り組みの紹介にとどまる点には留意が必要です。

まとめ

チーズの個性は生乳だけでなく、発酵を担う微生物によっても大きく左右されます。日本各地の伝統的な発酵食品に由来する乳酸菌を活用し、国産のチーズスターターを開発しようとするこの取り組みは、輸入品に頼らないチーズづくりの選択肢を広げる研究の一例として報告されています。一つの研究・開発の紹介であり、今後の普及状況や検証の積み重ねを踏まえて評価されていくものといえるでしょう。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Miho Kobayashi. 国産チーズスターターの開発と利用状況. 日本食品科学工学会大会講演要旨集 (2026). DOI: 10.3136/aamjsfst.72.0_39.