乳酸菌は、漬物やヨーグルトなど世界中の発酵食品づくりに欠かせない微生物で、長い食経験から安全性の高さが認められ、健康面での働きに関する研究も盛んに行われています。DNA解析や遺伝子編集といった技術が急速に進歩した今でも、実際に使える優良な菌株を見つけ出すには、生きた微生物そのものを集めた「菌株コレクション」の中から選び出すという方法が有効な手段の一つとされています。今回紹介する報告は、日本の農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構、NARO)が整備してきた乳酸菌コレクションと、そのデータベースの活用について解説したものです。
6000株超のコレクションはどう作られたか
農研機構は2001年4月に12の国立研究機関が統合されて発足し、その後2016年までにさらに6機関と統合を重ねて現在の体制になりました。その過程で、複数の研究拠点がそれぞれ過去に分離・収集していた乳酸菌株を「NARO乳酸菌コレクション」として一つにまとめ、一元的に管理する取り組みが進められています。現時点で集約された菌株数は6,000株を超え、そのほとんどで分離元がわかっています。内訳をみると、約3,000株が農作物や発酵食品などの「食品由来」、残る約3,000株が動物の消化管や飼料、植物やキノコなどの「非食品由来」です。食品由来株の中では野菜・穀物・果実といった植物質に関連する分離株が中心で、その中には少なくとも70種類に及ぶ漬物由来の菌株が含まれているとのことです。
データベースでどんな情報を調べられるのか
これだけの菌株数があっても、研究に使える人手や時間には限りがあるため、数千株の中からやみくもに候補を選ぶのは非効率です。そこでこのコレクションでは、あらかじめデータベース上で候補を絞り込めるよう、さまざまな特性情報(メタデータ)を整備しています。分類学的な情報としては、乳酸菌のグループであるLactobacillales目に属する6科すべてにわたる約31属191菌種のデータが含まれ、ゲノム解析にもとづく遺伝子・タンパク質機能・ドメイン情報も500株を超える菌株について収録されています。生理・生化学的な特性としては、菌株が資化できる糖の種類、牛乳や豆乳を発酵させる能力(凝固の有無や到達pH)、豆乳中でつくられたり変化したりする代謝物(約30成分)に関する情報が集められています。さらに機能性に関わるデータとして、マウス由来細胞株に対してIL-12という遺伝子の発現を誘導する能力についても記録されています。これらの情報は「NARO乳酸菌データベース」(https://lacticbacteria.nfri.naro.go.jp)上で横断的に検索できるようになっており、目的に合った乳酸菌を探す手間を減らせるとされています。報告した著者自身が担当した発酵豆乳の成分分析データは、約3,000株分が収録されているとのことです。
この報告の位置づけと読むうえでの注意
この報告は、農研機構が保有する乳酸菌コレクションとそのデータベースの整備状況を紹介するものであり、特定の乳酸菌株が健康にどのような効果をもたらすかを検証した研究ではありません。IL-12遺伝子の発現誘導能などの機能性データも収録されているとされていますが、これはあくまで菌株選抜のための指標情報の一つとして位置づけられており、この報告の中でヒトの健康への効果が確認されたわけではない点に注意が必要です。また、このデータベースは特定の代謝物を狙った検索だけでなく、目的を定めない探索的な調査にも役立つとされていますが、実際にどのような新しい菌株が見つかったかといった具体的な選抜事例については、この要旨の範囲では述べられていません。
まとめ
今回の報告は、農研機構が複数の研究拠点で集めてきた6,000株を超える乳酸菌を一つのコレクションとして統合し、分類情報や発酵特性、機能性データなどを備えたデータベースとして公開してきた取り組みを紹介するものです。漬物をはじめとする日本の発酵食品に由来する菌株も多数含まれており、国内外の発酵食品研究に役立てることを目指しているとされています。今後、このデータベースを通じてどのような菌株選抜や研究成果につながっていくのか、続報にも注目したいところです。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Satoru Tomita. NARO乳酸菌コレクションの整備と菌株選抜への活用. 日本食品科学工学会大会講演要旨集 (2026). DOI: 10.3136/aamjsfst.72.0_43.