著者の所属・活動拠点の国は、インド、マレーシア、インドネシア、オーストリアです。

掲載誌:Pathogens

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の背景と目的

アニサキス属の線虫は、イルカやクジラ、アザラシなどの海生哺乳類の体内で成虫になります。卵から育った幼虫は、まず小型の甲殻類に、次にそれを食べる魚やイカ類に取り込まれます。魚やイカ類の体内では成長せず、幼虫のまま次の宿主へ運ばれます。こうした「運び役」の宿主を待機宿主と呼びます。人がこれらの魚介類を生や加熱不十分な状態で食べると、第3期幼虫が体内に入り、胃腸症状やアレルギー症状を伴うアニサキス症を起こすことがあります。症例は主に、魚介類をあまり加熱せずに食べる食文化のあるアジアやヨーロッパから報告されています。寄生虫の存在は消費者の印象を損ない、検査や加工の追加費用を通じて水産業にも損失をもたらすとされています。

インドでもアニサキス類の報告はありますが、多くは見た目の特徴だけで種類を判定していました。魚に寄生する幼虫の段階では種を見分ける決め手となる形態上の特徴が乏しく、外見だけでは種まで特定できません。インド南部では肺のアニサキス症という珍しい症例も記録されています。そこで研究チームは、インド沿岸で獲れる商業的に重要な海産魚にアニサキス類がいるかを調べることにしました。さらに、形態観察と遺伝子解析を組み合わせて種を特定し、他地域の個体との遺伝的な違いも調べることを目指しました。

調べた魚と方法

研究チームは2024年11月から2025年4月にかけて、ケララ州コーチ周辺の地元市場で魚を購入しました。対象は商業的に重要な9種、計720匹で、インドサバ、イワシ類、ソウダガツオなどが含まれます。魚を解剖し、腹腔、内臓、生殖腺を実体顕微鏡で調べました。身の部分は厚さ1〜2ミリの薄片に切り、光にかざして目視で確認しました。見つかった線虫は光学顕微鏡と電子顕微鏡で観察し、形態からアニサキス属であることを確認しました。

種を特定するため、研究チームは幼虫からDNAを取り出し、リボソームDNAのITS領域と呼ばれる部分の塩基配列を読みました。この配列は種の識別によく使われます。得られた配列を国際的なデータベースの登録配列と照合し、他地域の配列と合わせて系統樹を作りました。系統樹は、配列の似かたをもとに類縁関係を枝分かれの図で表したものです。あわせて、配列の型(ハプロタイプ)がいくつあるかなど、同じ種の中での遺伝的なばらつきも解析しました。

主な結果

9種のうち、アニサキス類が見つかったのはソウダガツオの一種(フリゲートツナ、Auxis thazard)だけでした。この魚の腹腔から計10匹の幼虫が回収されました。調べたソウダガツオのうち寄生されていた割合は16.67%、寄生されていた魚1匹あたりの平均虫数は2匹と報告されています。他の8種からは見つかりませんでした。

代表的な6匹の遺伝子配列は、データベース上のアニサキス・ティピカ(Anisakis typica)の配列と100%一致しました。著者らによると、この地域のソウダガツオからアニサキス・ティピカを記録したのは今回が初めてです。系統解析では、インドの配列はインドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン、中国、ベトナム、オーストラリア、タンザニアなどインド太平洋域の個体とまとまりました。インドの6配列の間に違いはなく、これらの国々の配列と同じ型を共有していました。

世界各地の配列と比べると、種内のばらつきは小さく、地域間の分化は中程度にとどまるとされました。著者らは、同じ型と異なる型が各地に混在する理由として、宿主となる魚やイルカ類が広く分布し、回遊することを挙げています。また、統計的な検定結果は最近の集団拡大を示唆するものの、解析したデータが少ないため結論の確かさには限りがあると述べています。

この研究が示すこと

アニサキス・ティピカが人に病気を起こすかどうかは、まだ議論が分かれています。主に内臓で見つかる種であり、患者から遺伝子レベルで確認された例もないためです。一方で、筋肉へ移動した記録や、マウスの胃に炎症や出血を起こしたという研究もあり、著者らは人への感染の可能性に懸念があるとしています。なお、今回の研究自体は、人への病原性を直接調べたものではありません。

著者らは限界も挙げています。目視による検査では、筋肉の奥にいる幼虫を見落とし、寄生の頻度を低く見積もった可能性があります。遺伝子解析は一つの領域だけに基づいており、解析した個体数も多くありません。他の魚種で見つからなかった理由には、標本数や季節、魚の生態の違いが関係している可能性があります。それでもこの研究は、インド南西部で市場に並ぶ魚にアニサキス類がいることを、種のレベルで示した基礎的な記録です。今後、この地域の魚介類の食品安全上のリスクを考えるうえで土台となる情報だといえます。

原著論文の著者・所属:Anitha Antony(Department of Biotechnology, Faculty of Sciences, Cochin University of Science and Technology, Kochi 682022, India; Microbiology, Fermentation and Biotechnology Division, ICAR-Central Institute of Fisheries Technology, CIFT Junction, Willingdon Island, Kochi 682029, India)、Thangaraj Raja Swaminathan(Microbiology, Fermentation and Biotechnology Division, ICAR-Central Institute of Fisheries Technology, CIFT Junction, Willingdon Island, Kochi 682029, India)、Kua Beng Chu(Department of Fisheries Malaysia, Fisheries Research Institute, Jalan Batu Maung, Penang 11960, Malaysia)、Masazurah Abdul Rahim(Department of Fisheries Malaysia, Fisheries Research Institute, Jalan Batu Maung, Penang 11960, Malaysia)、Dewi Syahidah(Research Centre for Veterinary Science, National Research and Innovation Agency, Jl. Raya Jakarta-Bogor KM 46, Cibinong 16911, West Java, Indonesia)、April Hari Wardhana(Research Centre for Veterinary Science, National Research and Innovation Agency, Jl. Raya Jakarta-Bogor KM 46, Cibinong 16911, West Java, Indonesia)、Shubhadeep Ghosh(Fisheries Science Division, Indian Council of Agricultural Research, Krishi Anusandhan Bhawan-II, Pusa, New Delhi 110012, India)、Mona Saleh(Clinical Division of Fish Health, University of Veterinary Medicine, Veterinärplatz 1, 1210 Vienna, Austria)、Gokhlesh Kumar(Marine Biotechnology, Fish Nutrition and Health Division, ICAR-Central Marine Fisheries Research Institute, Kochi 682018, India)、Maria Juviann Isaacs(Department of Biotechnology, Faculty of Sciences, Cochin University of Science and Technology, Kochi 682022, India; Microbiology, Fermentation and Biotechnology Division, ICAR-Central Institute of Fisheries Technology, CIFT Junction, Willingdon Island, Kochi 682029, India)、Sekar Gobinath(Microbiology, Fermentation and Biotechnology Division, ICAR-Central Institute of Fisheries Technology, CIFT Junction, Willingdon Island, Kochi 682029, India)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Anitha Antony, Thangaraj Raja Swaminathan, Kua Beng Chu, et al. Report on the Occurrence of Anisakid Nematodes in Commercial Fish from the Southwestern Indian Waters. Pathogens 2026-09-29. DOI: 10.3390/pathogens15101023. 原著ライセンス:CC BY.