この研究は、デンマークの研究機関の研究論文です。

掲載誌:International Journal of Gastronomy and Food Science

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を明らかにしようとしたのか

料理の世界では、魚卵が濃厚で「うま味」に富んだ味わいをもたらすことは経験的によく知られています。しかし研究チームによれば、実際にうま味を生み出す成分が魚卵にどれだけ含まれているかについての定量的なデータは、これまでごくわずかしかありませんでした。とくに遊離のヌクレオチド類のデータが乏しく、相乗効果によるうま味の強さを評価することが難しかったといいます。

著者らは、この状況を改善するために、食用として一般的な海産魚の卵について、うま味に関わる成分の含有量を系統的に測定しました。背景として論文が挙げているのは、西欧の食文化において魚卵が栄養面でも味の面でも見過ごされがちだという事情です。消費者は切り身で魚を買うことが多く、卵は加工の段階で切り落とされて廃棄されたり、養殖魚や家畜の飼料に回されたりします。論文は、成熟した魚の重量の10〜30%を卵が占めることも多く、加工の過程で栄養の80〜90%が失われると指摘し、魚卵を「うま味を付与する素材(うま味付与剤)」として捉え直すことが、廃棄の削減と植物中心の食生活の後押しにつながると論じています。

どのように調べたか

研究チームは、デンマーク周辺の海域(北海、スカゲラク海峡、カテガット海峡)で獲れた野生魚18種の卵を、地元の魚屋を通じて、あるいは購入した丸ごとの魚から採取しました。魚卵は季節によって得られる種類が変わるため、採集は2年間にわたって行われました。卵嚢は取り出した直後に凍結し、分析まで低温で保管されています。種によっては複数の生物学的反復(別個体の試料)が含まれました。

分析では、うま味に関わる遊離アミノ酸としてグルタミン酸(Glu)とアスパラギン酸(Asp)を、遊離の5′-モノヌクレオチドとしてUMP、GMP、IMP、AMP、XMPを対象としました。試料は凍結乾燥して水分を除き、脂肪が多い試料は分析装置への干渉を避けるため脱脂の前処理を施しています。ヌクレオチドは高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、遊離アミノ酸は蛍光検出を用いた超高速液体クロマトグラフィー(UHPLC)で測定し、濃度はいずれも生の試料100gあたりのミリグラム数に換算して示されました。

さらに著者らは「等価うま味濃度(EUC)」を計算しています。これは、うま味アミノ酸とヌクレオチドが同時に存在するときに生じる相乗的なうま味の強さを、グルタミン酸ナトリウム(MSG)に換算した推定値です。計算式では、GMPがIMPより大きな係数を持ち、AMPは小さな係数を持つなど、成分ごとの相対的な寄与の違いが反映されます。UMPとXMPはうま味の相乗効果には寄与しません。なお論文は、この式が成り立つ範囲は分かっておらず、EUCの値は慎重に扱うべきだとして、値を丸めた数字で提示しています。

報告された主な結果

論文によると、魚卵の成分組成は種によって、また場合によっては同じ種の個体間でも大きく異なっていました。ヌクレオチドについては、UMPが最も広く検出され、多くの試料でおおむね数mgから約17mg/100gの範囲にありました。一方GMPはより限られた試料に、IMPはさらに偏った分布を示し、多くの試料では検出されませんでした。XMPはどの試料からも検出されませんでした。

遊離アミノ酸では、グルタミン酸が基礎となるうま味の主な担い手で、アスパラギン酸は多くの試料で濃度が低く、係数が小さいためEUCへの寄与はわずかでした。グルタミン酸が最も高かったのはヨーロッパヘイク(138±7mg/100g)で、続いてホウボウ類、シタビラメ、パーチ、カワガレイ(ブリル)、メイタガレイなどが高い値を示しています。

EUCの計算結果で著者らが強調しているのは、うま味の強さはグルタミン酸だけ、あるいはヌクレオチドだけからは予測できないという点です。高いEUCが得られたのは、うま味アミノ酸とIMPやGMPが同時に存在する試料でした。とくに高い値が報告されたのはヘイク(2700±109)、シタビラメ(2464±1,273)、ホウボウ類(2453±1,214)で、これにメイタガレイ(1363±110)、パーチ(1244±423)、タイセイヨウサバ(842±23)、カワガレイ(828±232)が続きます(いずれもMSG換算mg/100g)。逆の例も示されています。あるイシビラメ(ターボット)の試料はIMP・GMP・AMPをすべて含んでいたにもかかわらず、グルタミン酸が検出されなかったためEUCは2mg程度にとどまりました。ヨーロッパヌマガレイの一部の試料も、IMPがあってもグルタミン酸が乏しいために低い値でした。

既知の報告値との比較も行われています。著者らによれば、今回EUCが最も高かったヘイク、ホウボウ類、シタビラメは、既報のスケトウダラの卵(EUC=3500mg/100g)に近い水準であり、メイタガレイやサバはボラの卵(600mg/100g)やサケの卵(500mg/100g)と同程度でした。ただしこれらは、ウニの卵について報告されている11,000〜60,000mg/100gという値には遠く及びません。また、キャビアは遊離グルタミン酸ではサケの卵を上回るものの、サケの卵は遊離ヌクレオチドを含むためEUCとしてのうま味は高くなる、という興味深い対比も述べられています。

この報告が示すこと

著者らは、魚卵は化学的に不均一で、採取の時期や場所、魚の摂餌状況、漁獲後の処理によっても変わり得ると注意を促しています。そのうえで、調べた多くの魚卵が相当のうま味の可能性を備えており、ヌクレオチドは十分なグルタミン酸が共存するときにこそ効果的にうま味を高める、といううま味の相乗的な性質が浮かび上がったと述べています。

論文は、こうした成分のプロファイルを調べることが、天然の風味増強素材として有望な魚卵やその加工品を見分ける手がかりになると位置づけています。そして、うま味をほとんど持たない野菜や豆の料理に、海の香りが感じられないほどごく少量の魚卵を調味料として加える――日本語でいう「隠し味」のような使い方――を、料理や食品開発の場面での応用として挙げています。これまで捨てられがちだった部位の味の力を数値として示したこと自体が、この研究が食の現場に差し出した見取り図だといえます。

著者:Husnain Raza(Department of Food Science, Design and Consumer Behaviour (DCB), University of Copenhagen, Rolighedsvej 26, DK-1958 Frederiksberg, Copenhagen, Denmark)、Mauricio Oyarzún(Department of Food Science, Design and Consumer Behaviour (DCB), University of Copenhagen, Rolighedsvej 26, DK-1958 Frederiksberg, Copenhagen, Denmark)、Charlotte Vinther Schmidt(FEAST Ingredient, Fruebjergvej 3, 2100 Copenhagen Ø, Denmark)、Karsten Olsen(Department of Food Science, Design and Consumer Behaviour (DCB), University of Copenhagen, Rolighedsvej 26, DK-1958 Frederiksberg, Copenhagen, Denmark)、Ole G. Mouritsen(Department of Food Science, Design and Consumer Behaviour (DCB), University of Copenhagen, Rolighedsvej 26, DK-1958 Frederiksberg, Copenhagen, Denmark)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Husnain Raza, Mauricio Oyarzún, Charlotte Vinther Schmidt, et al. Umami potential of fish roe. International Journal of Gastronomy and Food Science 2026-09-18. DOI: 10.1016/j.ijgfs.2026.101661. 原著ライセンス:CC BY.