著者の所属・活動拠点の国は、インドネシア、マレーシアです。
掲載誌:PAREWA SARAQ JOURNAL OF ISLAMIC LAW AND FATWA REVIEW
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
栄養だけでなく「ハラール」の視点から給食を問う
インドネシア政府の「無償栄養給食プログラム(MBG)」は、児童・生徒や社会的に弱い立場にある人々に栄養のある食事を届ける全国規模の公共食料政策です。著者らによれば、このプログラムはこれまで主に栄養、公衆衛生、社会経済の観点から論じられてきました。一方で、食材の調達から調理、配送、提供までの供給網全体を通じて、食事が「ハラール」と「タイイブ」の条件を満たしているかという管理の側面は、ほとんど調べられていなかったといいます。
ハラールはイスラム法で許された食べ物であることを指し、タイイブは安全性、清潔さ、品質など、食べるのにふさわしい良質さを重視する考え方です。世界最大のイスラム教徒人口を抱えるインドネシアでは、信仰に沿った食べ物を得られることは消費者保護の一部であり、著者らはイスラム法の目的を整理した枠組み「マカースィド・アッ=シャリーア」に照らしても重要だと位置づけています。この枠組みでは、宗教、生命、理性、子孫、財産を守ることがイスラム法の主な目的とされます。
研究チームは、南スラウェシ州でのMBGにおけるハラール・タイイブ管理の実態を分析し、供給網の上流から下流までのどこに「ハラール上の重要管理点」(ハラールが損なわれる危険が生じやすい段階)があるのかを特定し、公共給食向けの統合的な管理モデルを提案することを目的としました。
4地域で関係者に聞き取り、現場と文書を調べる
調査は2026年1月から5月にかけて、マカッサル市と、ゴワ、マロス、ボネの各県で行われました。いずれもMBGが実施されており、供給網の特徴が異なることから選ばれています。研究チームは、国家栄養庁や地方自治体の担当者、給食を調理・配送する「栄養充足サービス単位(SPPG)」の管理者、食材供給業者、協同組合や中小零細事業者、学校、ハラール監査員、ハラール製品保証実施庁(BPJPH)、インドネシア・ウラマー評議会の関係者など、計32人に詳しい聞き取りを行いました。
あわせて、食材の調達、SPPGの厨房での調理、配送、配膳の様子を観察し、MBGの規則や運用指針、調達書類、ハラール証明書、配送報告、食品安全報告、ハラール監査書類などを分析しました。集めた情報は、内容を分類・整理しながらテーマを見いだす質的分析の手法で検討されています。
給食の恩恵の一方で、ハラール管理には大きな課題
研究チームはまず、MBGが南スラウェシ州で供給網の仕組みを通じて体系的に実施されていると報告しています。聞き取りや現場の調査から、栄養のある食事へのアクセスの向上、学校での学習への参加の積極化、家計負担の軽減、地元の農家や漁業者、協同組合、中小事業者を巻き込んだ地域経済への波及といった前向きな面が示されたといいます。
しかし、ハラール・タイイブの保証体制は供給網の管理に十分組み込まれていないことが分かりました。著者らは重要管理点を、食材調達などの上流、SPPG厨房での調理、配送などの下流という三つの段階に分けて整理しています。
上流では、すべての供給業者が有効なハラール認証を持っているわけではなく、とくに加工品、食品添加物、混合スパイスなどで課題が見られました。証明書類や確認の仕組みがないまま「原料はハラールのはずだ」という前提に頼る業者もいたといいます。食材の出どころや流通経路の記録は手作業が中心でデジタル化されておらず、問題が疑われた際に追跡するのが難しい状況でした。米や卵、鶏肉、魚、野菜といった主要食材には注意が払われる一方、香料や乳化剤、増粘剤、着色料などの添加物は同じ水準で点検されておらず、供給業者の評価も価格や品質、納期が中心で、ハラール面の監査は定期的に行われていませんでした。
論文は、国家栄養庁のデータとして、南スラウェシ州のSPPGが保有する認証801件のうち、衛生に関する認証が402件(約50%)、調理担当者の認証が265件(約33%)だったのに対し、ハラール認証は111件(約14%)にとどまったことを紹介しています。著者らはこれを、衛生や食品安全への取り組みに比べてハラール保証の整備が遅れている構造的な差の表れだと解釈しています。
厨房では、多くのSPPGが衛生や食品安全の原則を比較的よく実践していた一方、ハラール上の重要管理点を具体的に定めた標準作業手順書を持たない厨房が大半でした。原料の確認、器具の区分け、内部監査などが体系的に行われず、ハラールの管理は個々の管理者の理解に頼っていたといいます。食品安全の危害管理の枠組みでも、生物的・化学的・物理的な危害は扱われていても、ハラール上の危害は明示的に扱われていませんでした。また、作業スペースや保管場所が限られるなど施設の質には地域差があり、ハラールでない物質や器具と接触する「交差汚染」の危険を高めていると指摘されています。
2025年には、給食トレーに豚の油が使われた疑いが持ち上がった事例もありました。検査では使用されたトレーから豚の油は検出されませんでしたが、著者らはこの事例を、公共給食でのハラール管理の複雑さを示すものとして取り上げています。下流については、ハラールに配慮した物流や、デジタルによる監視の統合的な仕組みが欠けていることが報告されています。
「宗教を守る」視点を給食の管理に組み込む
マカースィド・アッ=シャリーアの観点から、研究チームは、MBGが栄養の充足や人材育成を通じて生命、理性、子孫を守ることに大きく貢献している一方、包括的で体系的なハラール保証の枠組みがないため、宗教を守るという点は十分に保障されていないと結論づけています。
そのうえで著者らは、ハラールに配慮した供給網、ハラール保証制度、マカースィド・アッ=シャリーアを一つにまとめた「公共給食のための統合的ハラール・タイイブ管理モデル」を提案しました。デジタルによる追跡の仕組み、危険度に応じた管理、そして国家栄養庁、BPJPH、インドネシア・ウラマー評議会、地方自治体、供給網の関係者の連携強化が重要だとしています。
この研究は、これまで主に商業的な食品産業で論じられてきたハラール管理の考え方を、国が運営する公共給食の領域へ広げたものです。栄養を届けることと、人々の信仰に沿った食べ物であることを供給網全体で保証することは別々の課題であり、両方をそろえて管理する必要があることを示しています。
原著論文の著者・所属:Muh Zaitun Ardi(UIN Sunan Kalijaga Yogyakarta, Badan Gizi Nasional RI, Indonesia)、Abdul Rashid Khan(RCSI & UCD Malaysia Campus, Georgetown, Malaysia)、Nadyatul Hikmah Shuhufi(UIN Sunan Kalijaga Yogyakarta, Lajnah Pentashihan Mushaf Al-Qur'an Kementerian Agama RI, Indonesia)、Muhammad Shuhufi(Universitas Islam Negeri Alauddin Makassar, Indonesia)、Fatmawati(Universitas Islam Negeri Alauddin Makassar, Indonesia)、Mau’idhatul Hasanah Ridwan(UIN Walisongo Semarang, Indonesia)、Ahmed Medi(Palestine Scholars Association (PSA))
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Muh Zaitun Ardi, Abdul Rashid Khan, Nadyatul Hikmah Shuhufi, et al. Halal and Ṭayyib Governance in Indonesia's Free Nutritious Meal Programme. PAREWA SARAQ JOURNAL OF ISLAMIC LAW AND FATWA REVIEW 2026-07-31. DOI: 10.64016/parewasaraq.v5i2.80. 原著ライセンス:CC BY.