著者の所属・活動拠点の国は、インドネシア、韓国です。
掲載誌:al-Uqud Journal of Islamic Economics
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF
研究の背景と目的
ハラールとは、イスラム教の教えに照らして「許されたもの」を指す言葉です。食品をはじめとするハラール関連の産業は世界で拡大しており、ムスリム(イスラム教徒)が少数派の国でも、その市場をどう育てるかが関心を集めています。
研究チームは、韓国ではこの分野の成長に特有の壁があると指摘しています。論文によると、韓国のムスリム人口は全体の約0.4%と推定され、国内の消費者層は限られています。さらに、ハラールやイスラムへの誤解や偏見が根強く、2015年に益山(イクサン)で計画されたハラール食品団地や、江原道(カンウォンド)のハラールゾーン構想が反発を受けて中止された例が紹介されています。加えて、国としてのハラール認証機関がなく、認証は少数の民間・地域団体がそれぞれの基準で担っているため、制度がばらばらになっているといいます。
こうした状況のなか、著者らが注目したのが、韓国で暮らすインドネシア人ムスリムのディアスポラ(国外に移り住んだ人々とその共同体)です。移住労働者、留学生、起業家、国際結婚家庭などからなるこの人々が、韓国のハラール産業の発展にどのような役割を果たしているのかを明らかにすることが、この研究の目的です。
どのように調べたか
研究チームは、特定の事例を現実の文脈のなかで深く掘り下げる「質的事例研究」という方法をとりました。調査の柱は三つで、イスラムやハラールへの偏見にディアスポラがどう向き合っているか、ハラール認証などの運営やイスラム法の柔軟な運用にどう関わっているか、そしてハラールをめぐる環境全体(エコシステム)の整備にどう貢献しているか、です。
データは主に、ディアスポラ、関係機関、研究者、政策関係者を代表する8人の主要な情報提供者への半構造化インタビュー(あらかじめ用意した質問を軸にしつつ、自由な回答も取り入れる面接方式)で集められました。観察や文書資料もあわせて整理し、発言内容から共通するテーマを抽出する「テーマ分析」を行っています。情報提供者の身元は記号で匿名化されています。
主な結果
第一に、偏見への対応です。論文によると、ディアスポラが営むハラール料理店は、あからさまな宗教的シンボルを避け、誰もが入りやすい文化的な雰囲気を打ち出すことで幅広い客を集めており、著者らはこれを食を通じた文化外交の一つと位置づけています。また、インドネシアの穏健派イスラム団体の現地組織は、平和的で穏健なイスラム像を示すことを重視し、2015〜2018年には地元警察による過激化の動向把握に協力したと情報提供者が語っています。あるモスクは、韓国の人々が信頼できる情報源からイスラムを学べるよう、韓国の大手ポータルサイト上で閲覧できる学習の場を設けていました。一方で、モスクがムスリムと地元住民の橋渡しをできている度合いを10点満点で尋ねると「5点未満」とする声もあり、対等に対話できる場の不足が課題として挙げられています。
第二に、ハラール認証の運営です。ディアスポラは監査員やシャリア(イスラム法)評議会のメンバーとして認証に関わっています。監査員は書類審査や現地調査で非ハラール物質の混入がないかを確かめ、評議会はその評価をもとに判断を下します。評議会は、信頼できる海外認証機関の証明の承認、輸入肉の再包装施設の監査、認証のない肉以外の原材料の技術的な評価という三つの方法を組み合わせており、著者らはこれを、ムスリムが少数派の環境に合わせて、慎重さを保ちながら柔軟にイスラム法を運用する実践だと解釈しています。
第三に、ハラール環境の整備です。認証機関の代表は、ハラール料理店や礼拝スペースは増えたものの、正式な認証のない「自称ハラール」も多く、ソウルで活動しているモスクは二つにとどまるなど、理想にはほど遠いと述べています。この機関は認証だけでなく、教育や研修、監査員・コンサルタントの派遣まで一括して提供し、この隙間を埋めようとしていると報告されています。
著者らはこれらの結果をまとめ、ディアスポラを単なる宗教的少数派ではなく、社会的・宗教的・経済的な資源や国を越えたつながりを動員してハラール産業を支える非国家の担い手ととらえる「進歩的シャリア・ディアスポラ」という概念を提示しています。
研究が示すもの
この研究は、非ムスリム社会でのハラール産業の発展が、法令や制度の整備だけでなく、そこに暮らす移民コミュニティの参加や異文化間の交流によっても形づくられていることを、当事者の語りを通じて描き出しています。
ただし著者ら自身が述べているとおり、調査は主にディアスポラと関係機関の視点に基づくもので、一般の韓国人消費者や住民の受け止め方が実際に変化したかどうかまでは確認できていません。また、少数の情報提供者を対象とした事例研究であり、結果をほかの国やほかのディアスポラにそのまま当てはめることはできないとしています。
原著論文の著者・所属:Musafak, Moh(Busan Indonesia Center)、Ridlwan, Ahmad Ajib(Universitas Negeri Surabaya)、Anwar, Moch. Khoirul(Universitas Negeri Surabaya)、Fahmi, Moh Farih(Universitas Negeri Surabaya)、Soo-il, Kim(Busan University of Foreign Studies)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Musafak, Moh, Ridlwan, Ahmad Ajib, Anwar, Moch. Khoirul, et al. Catalyzing Halal Industry Development in a Non-Muslim Society: The Role of Indonesian Muslim Diaspora in South Korea. al-Uqud Journal of Islamic Economics 2026-10-25. DOI: 10.26740/al-uqud.v10n1.p34-60. 原著ライセンス:CC BY.