著者の所属・活動拠点の国は、アメリカです。
掲載誌:Frontiers in Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
私たちの健康は、大気汚染や緑地、経済状況など、生活のなかで積み重なるさまざまな環境要因の影響を受けています。こうした要因を一生を通じて総合的に捉える考え方を「エクスポソーム」と呼びます。研究チームによれば、この枠組みのなかで大気汚染や社会経済的要因は心臓や代謝の病気の背景として広く研究されてきた一方、身の回りでどんな食べ物が手に入るかという「食環境」は、測り方も解釈もまだまとまっていません。
そこで著者らは、教育的な位置づけの叙述的総説として既存の研究を整理しました。食環境の基本的な考え方と研究での測り方をまとめ、食環境が肥満、糖尿病、心血管疾患、慢性腎臓病などとどう結びつきうるかを、体の仕組みと疫学の両面から検討しています。さらに、歩きやすさ、大気汚染、気候のストレス、社会経済的な弱さ、マイクロプラスチックのような新しい曝露との重なりも論じています。なお著者らは、こうした証拠や考え方の多くが欧米の高所得国に由来し、低栄養と食事関連の慢性疾患を同時に抱える低・中所得国にはそのまま当てはまらない可能性があると断っています。
食環境とは何か、どう測るか
総説は食環境を、人と食料システムの接点として説明しています。その中身として、食べ物がその場に存在するか(入手可能性)、実際にたどり着いて利用できるか(アクセス)、価格と家計の購買力が見合うか(手頃さ)、文化や好み、宗教上の制約などに照らして選ぶに値すると感じられるか(受容性)といった側面を区別しています。これらが満たされないと、家庭は食料不安、つまり十分な質や量の食事を安定して得られない状態に陥りやすくなります。
地域の状態を表す言葉も紹介されています。健康的な食品を扱う店が少なく遠い地域は「フードデザート(食の砂漠)」、健康的な店に比べてファストフード店やコンビニエンスストアが目立つ地域は「フードスワンプ(食の沼地)」、近くに健康的な店はあるのに価格が高すぎて低所得世帯には実質的に手が届かない状況は「フードミラージュ(食の蜃気楼)」と呼ばれます。著者らは、これらが一つの地域で同時に起こりうること、そして住居の分離や投資の引き揚げ、政策判断といった構造的な力から生じていることを指摘しています。一方で、これらの言葉の定義は研究ごとにばらつきが大きく、比較を難しくしているとも述べています。
研究で食環境を測る方法として、地理情報システムを使って住まいの周りの店の数や最寄りの店までの距離を測る方法、店内の品ぞろえや価格を調べる調査票、地域の店のうち健康的な店が占める割合を示す指標、行政や民間の大規模データ、食事の質を点数化する指標などが整理されています。ただし、店の数や距離は「行ける店があるか」を示すだけで、そこで売られている食べ物の質や価格までは捉えられません。また、民間の事業所リストを現地調査と照らし合わせた研究では、実在するスーパーや食料品店の24%や29%が抜け落ちていたという報告も紹介されています。
食べ物の加工度に着目する方法として、食品を加工の程度で四つに分ける「NOVA分類」も取り上げられています。最も加工度の高い「超加工食品」は、複数の工業的工程を経て乳化剤や甘味料などの添加物を含むことが多く、一般にエネルギーが高く栄養素が乏しい傾向があります。ただし著者らは、超加工食品は栄養組成ではなく加工の性質で分けた多様なグループであり、栄養的に一様ではないと注意を促しています。多くの高所得国では、超加工食品が食事全体のおよそ42〜60%を占めるとされています。
食環境と病気をつなぐ道筋と報告されている関連
著者らは、食環境は「上流」にある地域の条件であり、超加工食品の摂取や食事の質はその「下流」にある行動だと位置づけています。そのため、食事と病気の関連を示す証拠を、地域の食環境が病気を直接引き起こす証拠と同一視してはならないと明記しています。食環境の研究の多くは観察研究であり、提案されている体の仕組みの一部は主に実験や動物などの前臨床研究に支えられている、という点も強調されています。
総説が描く道筋は次のようなものです。新鮮で加工度の低い食品が手に入りにくく超加工食品に触れる機会が多いと、精製された炭水化物や糖、飽和脂肪、塩分の摂取が増え、食物繊維や野菜・果物が減りやすくなります。その積み重ねが、内臓脂肪の増加、血糖を下げるホルモンであるインスリンが効きにくくなる「インスリン抵抗性」、脂質異常、高血圧といった状態を招き、血管の傷みや炎症を通じて心臓や腎臓の病気につながりうるとされます。腸内細菌のバランスの乱れや、乳化剤など一部の添加物の影響も、補助的な経路として論じられています。
疫学研究の例として、英国のコホート研究では超加工食品の摂取割合が10%増えるごとに2型糖尿病のリスクが12%高く、摂取が最も多いグループは最も少ないグループより44%高かったと紹介されています。カナダの全国調査を用いた横断的な分析では、超加工食品の摂取が最も多い人(総エネルギーのほぼ4分の3)は、最も少ない人に比べて糖尿病のリスクが37%高かったとされます。心血管疾患については、フランスで10万人余りを追跡した研究で超加工食品の摂取が多いほど心血管疾患、冠動脈疾患、脳血管疾患の発症が多かったこと、イランの研究で1日50グラム増えるごとに心血管疾患のリスクが22%高かったことが挙げられています。14のメタ解析をまとめた研究では、超加工食品の摂取が多いほど心血管疾患による死亡のリスクが高いという関連(リスク比1.50)が報告されています。慢性腎臓病についても、観察研究のメタ解析で摂取の多さが発症リスクのおよそ25%の上昇と関連し、摂取割合が10%増えるごとに約7%高まると紹介されています。いずれも関連を示す報告です。
ほかの環境要因との重なりと、この総説が示すこと
著者らは、食環境の影響は単独では生じないと述べています。例えば歩きやすい地域では、近くの食料品店を車に頼らず利用でき、日常の身体活動も増えやすくなります。反対に車に依存する地域では、健康的な食品が近くにあっても、高齢者や低所得の人、障害のある人などには利用しにくくなります。長年投資が引き揚げられてきた地域ほど歩道や安全な横断歩道が少なく、スーパーも少ない傾向があると指摘されています。総説ではこのほか、大気汚染や気候のストレス、社会経済的な弱さ、マイクロプラスチックなどが不健康な食環境と重なりやすく、共通する構造的な要因を反映していると論じています。こうした重なりが心臓・代謝の病気のリスクを積み上げ、健康格差が続く一因になりうるというのが著者らの見方です。
同時に著者らは、現在の研究には限界があることも認めています。曝露の定義が研究ごとに異なること、一時点で調べる横断研究が多いこと、考慮しきれない他の要因が残ること、低・中所得国のデータが少ないことです。
この総説が伝えているのは、何をどれだけ食べるかを個人の選択だけの問題とみなすのではなく、店の配置や価格、交通、地域の歴史といった構造が食事を方向づけているという視点です。著者らは、食環境を心臓・代謝の健康を左右する環境曝露の主要な柱として位置づけ、測り方を改善し、時間を追って変化を捉える研究や格差に目を向けた研究を重視すべきだと結論づけています。
原著論文の著者・所属:Pedro Rafael Vieira de Oliveira Salerno(Department of Medicine, NYC Health + Hospitals/Elmhurst, Icahn School of Medicine at Mt. Sinai, Queens, NY, United States)、Jiada Zhan(Nutrition and Health Sciences, Laney Graduate School, Emory University)、Ricardo J. Estrada-Mendizabal(Department of Medicine, NYC Health + Hospitals/Elmhurst, Icahn School of Medicine at Mt. Sinai, Queens, NY, United States)、Omar Aboukhatwa(Department of Medicine, NYC Health + Hospitals/Elmhurst, Icahn School of Medicine at Mt. Sinai, Queens, NY, United States)、Avery Hum(Department of Medicine, NYC Health + Hospitals/Elmhurst, Icahn School of Medicine at Mt. Sinai, Queens, NY, United States)、Mohamed Bassiony(Department of Medicine, NYC Health + Hospitals/Elmhurst, Icahn School of Medicine at Mt. Sinai, Queens, NY, United States)、Leonel Al Dakar(Department of Medicine, NYC Health + Hospitals/Elmhurst, Icahn School of Medicine at Mt. Sinai, Queens, NY, United States)、Gayatri Setia(Department of Cardiology, NYC Health + Hospitals/Elmhurst, Icahn School of Medicine at Mt. Sinai, Queens, NY, United States)、Darcy Freedman(Mary Ann Swetland Center for Environmental Health, Department of Population and Quantitative Health Sciences, Case Western Reserve University School of Medicine)、Sadeer Al-Kindi(Center for Cardiovascular Computational and Precision Health (C3PH), Department of Cardiology, Houston Methodist DeBakey Heart & Vascular Center; Center for Health & Nature)、Salil V. Deo(Cardiovascular Research Institute, Case Western Reserve University School of Medicine; School of Health and Wellbeing, University of Glasgow; Surgical Services, Louis Stokes Cleveland)、Weichuan Dong(Center for Cardiovascular Computational and Precision Health (C3PH), Department of Cardiology, Houston Methodist DeBakey Heart & Vascular Center; Center for Health & Nature)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Pedro Rafael Vieira de Oliveira Salerno, Jiada Zhan, Ricardo J. Estrada-Mendizabal, et al. The food environment as a cardiometabolic exposure: mechanisms, inequities, and interacting environmental risk. Frontiers in Nutrition 2026-10-22. DOI: 10.3389/fnut.2026.1851911. 原著ライセンス:CC BY.