著者の所属・活動拠点の国は、フィリピンです。
掲載誌:Journal of Ethnic Foods
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: Crossref
伝統の発酵スターターにすむ乳酸菌を調べる
フィリピン南部のマラナオやマギンダナオの人々には、「タパイ」と呼ばれる伝統的な発酵米の食べ物があります。炊いた米に、同じく「タパイ」と呼ばれる地元製のスターター(発酵のもととなる種)を加えて発酵させ、酒のような香りと味をつけます。冷やしてココナッツミルクや甘味料と一緒に食べることが多い、地域の文化を映す食べ物です。
タパイの発酵では主にカビや酵母が働くとされ、スターター作りに加えるニンニクや唐辛子には抗菌作用があるため、細菌の役割は小さいと考えられてきました。研究チームは、このスターターにどのような乳酸菌がいるのかを明らかにすることを目的としました。乳酸菌は乳酸を作って周囲を酸性にし、腐敗菌や病原菌が増えにくい環境をつくることで、食品の保存に役立つ細菌として知られています。
市場のスターターから菌を取り出し、性質と正体を調べる
著者らは、フィリピン・マギンダナオ州スルタン・クダラットのダルマンコブにある市場の異なる店から、タパイのスターターを5試料集めました。これを乳酸菌が育ちやすい培地で培養し、酸を作ると色が黄色に変わる指示薬を使って、乳酸菌と思われる集落を選び出しました。
選んだ菌については、顕微鏡での形や染色の結果、酵素の有無、さまざまな酸性度・塩分濃度・温度での育ち方、糖を発酵させるときにガスを出すかどうか、でんぷんを分解できるかどうかを調べました。さらに、菌を育てた液から菌体を取り除いた上澄みを使い、大腸菌、セレウス菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌という4種類の病原性細菌の増殖を実験皿の上で抑えられるかを試しました。最後に、細菌の種類を見分ける目印となる16S rRNA遺伝子の配列を読み、どの仲間に属するかを推定しました。
6株の乳酸菌と、その主な性質
論文によると、乳酸菌と考えられる6株が分離されました。いずれも丸い形(球菌)で、グラム陽性、胞子を作らず、過酸化水素をかけても泡が出ないカタラーゼ陰性という、乳酸菌に典型的な特徴を示しました。硝酸を亜硝酸に変える反応は1株だけが陽性で、残る5株は陰性でした。
6株はいずれも、pH5〜9、食塩濃度0〜8%、温度25〜45℃の範囲で育つことが報告されています。著者らはこれを、中程度の温度を好む中温性の菌であることを示すものとしています。また、どの株も糖を発酵させてもガスを出さず、主に乳酸を作る「ホモ発酵型」の乳酸菌に当てはまる性質を示しました。一方、でんぷんを分解する能力はいずれの株にも見られませんでした。
抗菌性の試験では、6株の上澄みはいずれも4種類の病原性細菌のまわりに増殖が抑えられた領域を作りました。抑えられた領域の直径は、たとえば緑膿菌に対して最大で約12.6ミリでしたが、株の間の違いは統計的に意味のある差ではなかったと報告されています。
遺伝子の解析では、2株はペディオコッカス属に属するものの種までは特定できず、他の株は食品の発酵に使われることもある乳酸菌ペディオコッカス・ペントサセウスに近いとされました。論文は結論として、分離した乳酸菌がホモ発酵型の乳酸菌、特にペディオコッカス・ペントサセウスに一致する特徴を持つとまとめています。
伝統の知恵と微生物の働きをつなぐ
著者らは、ニンニクや唐辛子を加えてスターターを作るという昔ながらの工程が、酸素が少なく酸性の環境をつくり、乳酸菌が優勢になって腐敗菌や病原菌が抑えられることにつながっていると解釈しています。つまり、長く受け継がれてきた作り方が、微生物による自然な保存の仕組みとして働いていると論じています。
この研究は、地域の伝統食を支えるスターターの中に、幅広い環境で育ち、実験室で病原性細菌の増殖を抑える性質を示した乳酸菌がいることを報告したものです。著者らはこれらの乳酸菌を、抗菌性を持つ有用な微生物の供給源となりうるものと位置づけており、伝統的な発酵食品の価値を科学的な観点から見直す手がかりを示しています。
原著論文の著者・所属:Mark Winston C. Ladrillo(Department of Food Science and Technology, Faculty of Agriculture and Food Science, Visayas State University, Baybay City, Philippines)、Lynette C. Cimafranca(Department of Food Science and Technology, Faculty of Agriculture and Food Science, Visayas State University, Baybay City, Philippines)、Inish Chris P. Mesias(Department of Food Science and Technology, Faculty of Agriculture and Food Science, Visayas State University, Baybay City, Philippines)、Lijueraj J. Cuadra(Department of Agriculture Education and Extension, Faculty of Agriculture and Food Science, Visayas State University, Baybay City, Philippines)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Mark Winston C. Ladrillo, Lynette C. Cimafranca, Inish Chris P. Mesias, et al. Characterization of selected lactic acid bacteria from Tapay: a starter for maguindanao ethnic delicacy in Cotabato City, Philippines. Journal of Ethnic Foods 2026-10-01. DOI: 10.1186/s42779-026-00341-6. 原著ライセンス:CC BY.