この研究は、エストニアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Proceedings of the Estonian Academy of Sciences
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:搾りかすに何が残るのかを確かめる
ワインを造ると、ぶどうの果皮・種・果肉の残りからなる固形の搾りかす(ポマス)が大量に発生します。この搾りかすには、発酵を経てもなおぶどう由来のポリフェノール(植物がつくる抗酸化成分の総称)がかなりの割合で残ることが、これまでの研究で示されてきました。
エストニアは2021年からEUのぶどう栽培ゾーンAに含まれ、国内でのワイン生産と販売が可能になり、小規模事業者によるワイン造りが広がっています。冷涼な気候に適応した交雑品種(異なる種のぶどうを掛け合わせた品種)が栽培されており、これらは多様なポリフェノールを含むことが知られています。
研究チームは、冷涼気候で育った黒系の交雑品種『ジルガ(Zilga)』と『ハサンスキー・スラトキー(Hasansky Sladky)』を対象に、ワイン製造の方法の違いが搾りかすの総ポリフェノール量・総アントシアニン量・総タンニン量にどう影響するかを評価することを目的としました。アントシアニンは果皮の赤紫色をつくる色素、タンニンは渋みに関わる成分で、どちらもポリフェノールの一種です。
調べ方:同じぶどうから5通りの造り方を比較
調査地はエストニア生命科学大学のルフ試験場にある露地のぶどう園で、2007年に植えられた樹を用いました。2024年9月13日、果粒にしわが寄り始めた時点で収穫しています。収穫時の分析では、『ジルガ』の総糖は111 g/L、総ポリフェノールは100 gあたり234 mg(没食子酸当量)、『ハサンスキー・スラトキー』はそれぞれ183 g/L、283 mgでした。糖度が低かったため、実験用ワインのアルコール濃度をそろえる目的でブドウ糖を加えています。
2品種に対して5つの製造条件を設定しました。両品種とも、除梗して果皮に触れさせずにすぐ搾る「白ワイン方式(黒ぶどうから造る白ワイン)」を行いました。『ジルガ』ではさらに、除梗して8日間果皮とともに発酵させる標準的な赤ワイン方式と、そこに搾りかすを25%追加して固形分の割合を増やした改変版の赤ワイン方式を比較しました。『ハサンスキー・スラトキー』では、房ごと破砕して果皮と果梗を含んだまま20時間低温で漬け込んでから搾るロゼ方式を試しました。
得られた搾りかすは種を手作業で取り除いたうえで、総ポリフェノール量はフォリン・チオカルト法、総アントシアニン量はpH差示法、総タンニン量はメチルセルロース沈殿法で測定し、条件間の差を統計的に検定しています。
主な結果:成分ごとに「ワインに移るか、かすに残るか」が分かれた
著者らによれば、製造方法は両品種とも搾りかすのポリフェノール組成に有意な影響を与えました。
『ハサンスキー・スラトキー』では、房ごと破砕して低温浸漬したロゼ方式の搾りかすで総ポリフェノール量が最も高く(100 gあたり478 mg)、白ワイン方式(同367 mg)を上回りました。一方、アントシアニンとタンニンは白ワイン方式の搾りかすのほうが多く、ロゼ方式ではこれらが優先的にワイン側へ抽出されたと論文は説明しています。ロゼ方式の搾りかすには破砕された果梗が混ざっており、果梗は色素以外のポリフェノールやタンニンを含む一方でアントシアニンは含まないことが、この結果の背景として挙げられています。
『ジルガ』では、赤ワイン方式で固形分の割合を増やした条件のほうが、標準の赤ワイン方式よりも総ポリフェノール量と総タンニン量が高くなりました。著者らはこれを、果皮由来の固形分が増えることでポリフェノールが搾りかす側に保持されやすくなったためと解釈しています。逆にアントシアニンは、果皮に触れさせない白ワイン方式の搾りかす(100 gあたり90 mg)で最も高く、赤ワイン方式では低い値にとどまりました。アントシアニンは他のポリフェノールより不安定で、長い浸漬の間に分解したりタンニンと結合したりしやすいことが、先行研究をふまえた説明として示されています。
なお論文は、同じ白ワイン方式でも2品種で値が異なったことから、品種そのものの特性も組成に大きく関わると述べています。また、測定法によって捉えられる成分の範囲が異なる点にも触れており、タンニンの測定法は沈殿する種類のタンニンを選択的に定量するため、総ポリフェノール量に寄与する成分すべてを反映するわけではないとしています。
この研究が示すこと
著者らは、ワイン製造の技術がポリフェノールの「総量そのもの」よりも、ワインと搾りかすのあいだでの「配分」に主に影響すると結論づけています。造り方によって搾りかすの成分構成は何倍もの違いを生じ、それだけ技術的な制御が効くということです。
エストニアにおける搾りかす組成の技術的な検討としては初めての報告であり、搾りかすは単なる受動的な副産物ではなく、どのような製造上の操作が行われたか、また品種ごとのポリフェノールの振る舞いを映し出す、化学的に情報量のある対象だと位置づけられています。
著者:Kersti Seeme(Chair of Horticulture , Institute of Agricultural and Environmental Sciences , Estonian)、Kadri Karp(University of Life Sciences , Fr. R. Kreutzwaldi 5 , 51006 Tartu , Estonia)、Ulvi Moor(Chair of Food Science and Technology , Institute of Veterinary Medicine and Animal a Sciences , Estonian University of Life Sciences , Fr. R. Kreutzwaldi 62 , 51006 Tartu , Estonia)、Reelika Rätsep(University of Life Sciences , Fr. R. Kreutzwaldi 5 , 51006 Tartu , Estonia)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Kersti Seeme, Kadri Karp, Ulvi Moor, et al. Phenolic composition of grape pomace from ‘Hasansky Sladky’ and ‘Zilga’ as affected by winemaking technology. Proceedings of the Estonian Academy of Sciences 2026-09-22. DOI: 10.3176/proc.2026.4.04. 原著ライセンス:CC BY.