下痢は世界で年間130万人以上が命を落とす原因ともされる身近で深刻な健康問題です。家畜の世界でも下痢による消化不良は成長の遅れや死亡率上昇につながり、生産性を大きく左右します。原因が細菌感染とわかる場合もありますが、実際には原因を特定できないケースも多く、対策は簡単ではありません。今回、堆肥から見つかった好熱性の細菌を子牛に投与し、下痢の改善過程を腸内細菌叢と代謝物の両面から調べた研究が、学術誌「マイクロバイオーム」に2026年8月に掲載予定です。研究チームには千葉大学、九州大学、広島大学、理化学研究所、北里大学など日本の研究機関に所属する著者が名を連ねています。

堆肥からとれた好熱菌を子牛に与えてみた

研究チームが使ったのは、堆肥に由来する好熱性細菌 Caldifermentibacillus hisashii(旧名 Bacillus hisashii)です。この菌は堆肥を無菌マウスに移植する実験系から分離された菌株で、これまでにもマウスへの投与でIgA(腸管の免疫にかかわる抗体)が増えたり、子牛への投与で腸内のBacteroidetes(バクテロイデス門)の割合が増え、メタン産生菌であるMethanobrevibacter属が減って成長が良くなったりすることが報告されていたそうです。

今回の研究では、下痢を発症した子牛4頭(個体番号1293、1295、1296、1298)と、下痢のなかった子牛2頭(1294、1297)の合計6頭を対象に、糞便の状態を継続的に観察しました。下痢のあった4頭のうち3頭には4日間、1頭には6日間C. hisashiiを投与し、下痢のない1頭にも投与(無症状の対照)、残る1頭には投与せず(未処置の対照)比較しました。子牛は母牛1頭につき1頭しか生まれない貴重な個体であるため、多数の個体で群を分けた実験ではなく、少数個体を丁寧に追跡する形で行われた点が特徴です。投与後3〜5日ほどで下痢の症状が改善する傾向がみられ、統計的な検定(コクランのQ検定、正確な順列検定)でも、この経過中に下痢の発生が偶然では説明しにくい形で減少したことが示されたとしています。なお、大腸菌やサルモネラ属の病原遺伝子(志賀毒素遺伝子など)も調べられましたが、その検出の有無は下痢の発症と必ずしも一致せず、下痢の原因そのものは特定できなかったと報告されています。

腸内細菌の顔ぶれより、糞便中の代謝物に手がかりがあった

興味深いのは、糞便中の細菌の多様性(種類の豊かさや構成バランス)を複数の指標で比較しても、下痢のある状態とない状態、あるいは投与前後で統計的に意味のある差は見られなかった点です。属レベルの細菌組成でも明確な違いは確認できませんでした。

そこで研究チームは、糞便中の代謝物(細菌の活動によって生じる化学物質)に着目し、DID(差分の差分)分析やCliffのデルタという効果量の指標、並べ替え検定などを組み合わせた統計的な絞り込みを行いました。その結果、19種類の候補物質の中から、酪酸(butyrate)と2-アミノイソ酪酸(AIB)の2つが、下痢の有無や投与の有無を最も明確に区別できる物質として浮かび上がりました。この2つは、70通りのグループ分けを全て試す厳密な並べ替え検定でも統計的に意味のある差(p=0.029)を示した数少ない物質だったとされています。ほかにもグリセルアルデヒドやオクタデカノール、ヒドロキノンなど同程度に差がはっきりした物質はありましたが、これらは体内のありふれた代謝経路や食事由来と考えられ、C. hisashii由来と特定はできなかったとのことです。

さらに、C. hisashii N11株の全ゲノム配列とタンパク質発現の解析から、酪酸を合成する遺伝子クラスター(アセチルCoAから酢酸アセチルCoA、クロトニルCoA、3-ヒドロキシブチリルCoAを経て酪酸に至る経路)が実際にゲノム上に存在し、一部の酵素(AtoB、ECH)はタンパク質としても検出されました。またAIBを含むランチビオチック(ペプチド性の抗菌物質の一種)を作る遺伝子クラスターも見つかり、関連する酵素の一部(LanTなど)や、ペプチドの成熟に関わるとみられるパパイン様システインペプチダーゼもタンパク質レベルで確認されています。研究チームは、バリンの分解からイソブチリルCoAを経て酪酸合成につながる代謝経路の存在も指摘しており、酪酸とAIBの生成が体内で結びついている可能性を示唆しています。

加えて、16S rRNA配列データをもとにした機能予測(PICRUSt2)では、ユビキノン合成に関わる酵素など12種類の酵素反応で投与前後の変化が見られ、その変化の方向性は下痢の有無による比較とも一致していたとされています。ただし著者らは、この解析は1群あたり4頭という小規模なデータに基づく探索的な結果であり、慎重に解釈すべきだと述べています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

著者らは、今回観察された下痢の改善は、腸内細菌の顔ぶれ(誰がいるか)が大きく変わったからというより、酪酸やAIBといった代謝物の産生パターン(何を作っているか)が変化したことと関連している可能性を指摘しています。堆肥由来の環境微生物が、腸内細菌の「代謝の出力」を調整することで腸を守る役割を果たしうるという見方です。

一方で、対象は子牛6頭という小規模な観察であり、下痢の原因自体は特定されていません。また、AIBを含むランチビオチックの成熟に関わるとされる酵素(LanB、LanC)はタンパク質として検出できなかったこと、AlphaFoldによる立体構造予測の精度が十分でなかった部分があることなど、著者ら自身がいくつかの技術的な限界を挙げています。今回の結果は一つの研究にとどまるものであり、ヒトを含む他の対象での効果や、下痢予防・改善の手段としての有効性が確立されたわけではない点に留意が必要です。

まとめ

堆肥由来の好熱菌C. hisashiiを子牛に与えた観察研究では、下痢の改善に伴って腸内細菌の構成そのものよりも、糞便中の酪酸とAIBという代謝物の変化が特徴的だったと報告されています。ゲノムとタンパク質の解析からは、この菌がこれらの物質を作る仕組みを備えていることも示されました。環境微生物と腸の健康を結びつける視点として今後の研究の広がりが注目されますが、現時点では小規模な観察にとどまる一つの研究であることを踏まえて読む必要があります。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Hirokuni Miyamoto, Hideyuki Takahashi, Wataru Suda, et al. Gut-protective metabolic phenotype for diarrhoeal remission caused by an environmental probiotic thermophile. マイクロバイオーム (2026). DOI: 10.1186/s40168-026-02476-9. 原著ライセンス: cc-by.