世界の60歳以上人口は2020年の10億人から2030年に14億人、2050年には21億人へ増えると見込まれており、なかでも80歳以上の「超高齢層」は2050年までに4億人を超えて3倍に増えるとされています。こうした高齢化と歩調を合わせるように、心血管疾患やがん、糖尿病といった慢性の非感染性疾患は世界の死亡の約75%、年間およそ4300万人分を占めているといいます。この状況を背景に、フロンティアーズ・イン・ニュートリション誌に掲載予定の総説論文が、「一人ひとりに合わせた栄養管理」という考え方を2020年から2025年にかけての研究知見を通じてまとめています。
この論文が問題視するのは、果物や野菜、全粒穀物を勧め、糖分や飽和脂肪を控えるよう促す従来の栄養ガイドラインが、あくまで集団平均を対象にした「画一的」な指針にとどまっている点です。高齢者は暦年齢が同じでも健康状態や身体機能、栄養ニーズが大きく異なる集団であり、加齢に伴う筋肉量の減少や代謝率の低下、栄養素の吸収能力の変化などにより、必要な栄養量そのものが個人差の大きいものになります。論文では、たんぱく質の推奨量の例として、一般的な基準(体重1kgあたり0.8g)に対し、高齢者では1.0〜1.2g、あるいは状態によってはさらに多い量が筋肉量や機能の維持に必要だと考える専門家がいることも紹介されています。
遺伝子・代謝物・腸内細菌をどう活用するのか
論文は、個別化栄養を支える柱として、ゲノム(遺伝情報)、メタボローム(血液や尿に含まれる代謝物)、マイクロバイオーム(腸内細菌叢)の3つの生体情報を挙げています。
遺伝子に関する具体例としては、葉酸代謝に関わるMTHFR遺伝子の変異(C677T多型)を持つ人は血中葉酸値が5〜30%低く、ホモシステイン(動脈硬化や脳卒中のリスクと関連するとされる物質)が上昇しやすいため、葉酸やビタミンB12の摂取量を通常より増やす必要がある可能性が指摘されています。また肥満との関連が知られるFTO遺伝子の変異を持つ人でも、飽和脂肪の少ない高繊維食を続けることで体重を健康的に保てたとする7か国共同の研究(Food4Me研究)が紹介されており、遺伝的にリスクを持つ人でも標準的な食事改善が有効である可能性を示しています。さらに脂質代謝に関わるAPOE遺伝子のε4型を持つ高齢者は、飽和脂肪やコレステロールの摂取に対して血中脂質が悪化しやすい一方、低脂肪・低コレステロール食への切り替えで改善幅が大きいとする観察研究も取り上げられています。ただし論文自身、遺伝子情報に基づく助言の効果は大規模試験では一貫した結果が出ておらず、多くの遺伝子が関与する複雑な現象であるため、まだ確立した結論ではないと注意を促しています。
代謝物(メタボローム)については、加齢とともにアミノ酸のグリシンが減少する一方で分岐鎖アミノ酸(BCAA)が変化しやすいこと、イタリア南部の百寿者を含む研究では、加齢に伴い多価不飽和脂肪酸(PUFA)が減る一方で、90〜111歳の長寿者では一価不飽和脂肪酸(MUFA)の割合がほかの年代より高かったことが報告されています。また、イギリスのUKバイオバンクのデータ(約11万人、11〜12年追跡)を用いた研究では、血中168種類の代謝物から算出した「代謝年齢」が実際の年齢より高い人ほど、糖尿病や心血管疾患、複数のがん、慢性腎臓病、肝疾患など15の慢性疾患のリスクが高まる関連が示され、特に食生活が乱れていたり教育歴が短かったりする人でその関連が強かったとされています。
腸内細菌叢(マイクロバイオーム)については、食物繊維を発酵させる菌が少ない人に特定のプレバイオティクスや高繊維食品を勧めるといった、個人の腸内環境に応じた食事調整の考え方が紹介されています。ただし論文は、こうした腸内細菌の情報は「処方的」に使うにはまだ研究段階であり、食事や代謝、臨床情報とあわせて解釈すべき「参考データ」として位置づけるべきだとも述べています。
AIやアプリを使った個別化の可能性と、まだ見えない効果
論文では、腸内細菌のデータや個人の健康情報を組み合わせて食後血糖値の変化を予測する機械学習モデルが、平均値に基づく予測より精度が高かったとする研究や、ウェアラブル機器とスマートフォンアプリで食事・活動データを継続的に集め、AIが個人に合わせた食事提案を返す「デジタル・ツイン」的な発想も紹介されています。
一方で、個別化栄養が従来のガイドラインより明確に優れているとまでは言い切れない点も論文は指摘しています。インターネットを使った個別化栄養介入を検証したFood4Me試験では、恩恵を受けやすかったのは高齢者や女性、もともと食事の質が低かった人、健康的な食事への意欲が高かった人であり、その効果は遺伝子型よりも本人の行動面・心理面の特性によるところが大きかったとされています。さらに、個別化栄養に関する複数の研究をまとめたシステマティックレビューでは、一般的な食事指導と比べて多くの健康指標で一貫した改善が示されているわけではないとも報告されており、論文は個別化栄養を既存のガイドラインに「取って代わるもの」ではなく、それを補い個々人に合わせて調整する「補完的な戦略」と位置づけています。
この研究の位置づけ
この論文はこれまでに発表された研究をまとめた総説であり、著者ら自身が新たに人を対象とした実験を行ったものではありません。紹介されている個々の研究(Food4Me試験やUKバイオバンクの解析など)にはそれぞれの対象者や手法の限界があり、遺伝子情報に基づく食事介入については大規模試験での効果が一貫していないことも論文中で明記されています。個別化栄養はまだ発展途上の研究領域であり、今回の内容も研究の到達点を示す一つの整理であって、特定の食事法や成分の効果を保証するものではない点に注意が必要です。
高齢化と生活習慣病の増加が世界的な課題となるなか、遺伝子・代謝・腸内細菌といった個人差を踏まえた栄養アプローチが今後どのように実用化されていくのか、この総説は現時点での研究の全体像と課題を整理したものといえます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Claudia Reytor-González, Náthaly Mercedes Román-Galeano, Janeth Castano Jimenez, et al. Personalized nutrition for healthy aging: precision diets based on genomic, metabolic, and microbiome profiles. フロンティアーズ・イン・ニュートリション (2026). DOI: 10.3389/fnut.2026.1844337. 原著ライセンス: cc-by.