この研究は、エジプト、韓国、トルコの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ「一つずつ評価する」やり方の先が必要なのか
食品の安全性評価は長年、化学物質を一つずつ取り上げ、食品中にどれだけ含まれるか、人がどれだけ摂取すると推定されるか、どんな毒性があるかを調べて、健康に基づく指標値を定めるという方法で進められてきました。著者らは、この考え方が現代の食品規制の土台であることを前提として認めたうえで、それだけでは説明しきれない部分があると指摘します。
人が食品を通じて出会う化学物質は、保存料・着色料・甘味料・乳化剤といった意図的に加えられる食品添加物、農薬や動物用医薬品の残留、カビが作るかび毒、加熱・加工の過程で生じるアクリルアミドやフランのような物質、容器包装から移ってくる成分、ダイオキシンやPFAS(有機フッ素化合物)のような環境汚染物質など、まったく異なる経路から入ってきます。これらは別々の規制と別々の監視制度で扱われているにもかかわらず、最終的には同じ一人の消費者のもとに集まります。著者らは、人が化学物質に触れること自体は昔から変わらないが、変わったのはその組み合わせと、それを測り分けられる分析の精度、そして「単独の物質ではなく動的な混合物として出会っている」という認識だと述べています。
こうした複雑さを捉えるために提唱されてきたのが「エクスポソーム」という概念です。これは生涯にわたる環境からの曝露と、それに対する生物学的な応答の全体を指す言葉です。そのうち食品を通じて届く部分を著者らは「食事性エクスポソーム」と呼び、本論文の対象としています。食事からの曝露は慢性的で、地域・文化・年齢・経済状況・加工法・食習慣によって大きく異なるため、外部環境と人の体をつなぐ特に重要な接点だと位置づけられています。
「食品にある」と「体に届く」と「影響が出る」は別の段階
本論文は体系的レビューではなく、概念と運用の枠組みを示す「パースペクティブ(展望論文)」です。著者らは2026年3月から9月にかけてPubMed・Scopus・Web of Scienceを対象に的を絞った文献検索を行い、欧州食品安全機関(EFSA)、世界保健機関(WHO)、FAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)の指針や科学的意見を補足的に用いて、物語的に文献を選んだと説明しています。
枠組みの土台として、著者らは用語を明確に区別します。「存在(オカレンス)」は食品中に化学物質があること、「外部曝露」は食事を通じて一定期間に体に到達する量、「内部曝露(吸収された内部用量)」は吸収の壁を越えて血液などの体内の試料に存在する量です。さらに「生物学的有効用量」は、内部用量のうち標的となる組織や分子の場所まで届き、そこに作用できる形で存在する部分を指し、血液や尿で測られる濃度とは大きく異なることがあると述べられています。著者らはここから重要な区別を導きます。食品中で化学物質を検出したことは存在を示すだけで曝露を示さず、血液中で測ったことは内部曝露を示すだけで影響を示さず、分子レベルの変化を観察したことは生物学的応答を示すだけでリスクを示さない、というものです。
この段階を橋渡しする手段として著者らが挙げるのが、ヒトバイオモニタリング(血液や尿などの生体試料で化学物質そのものや代謝物、付加体を測ること)です。ただし指標ごとに捉える内容が違うことも強調されます。尿中の短命な代謝物は最近の摂取を反映し、血清中の持続性物質やタンパク質・DNAとの付加体は蓄積した内部用量を反映し、酸化的損傷や遺伝毒性の指標は曝露ではなく生物学的応答を反映します。論文では例として、血清アルブミン中のアフラトキシンB1-リジン付加体が挙げられています。この付加体はおよそ2〜3か月持続するため蓄積した内部用量の指標となり、一方で尿中のアフラトキシン代謝物は主に最近の曝露を示すとされ、こうした情報は食品中の含有データだけでは得られないと述べられています。
PFASの事例と、五つの段階からなる枠組み
内部用量が規制値そのものを導いた例として、著者らはEFSAによるPFASの評価を紹介しています。PFOA・PFNA・PFHxS・PFOSの4物質について、EFSAは定期予防接種に対する抗体応答の低下を指標に、1歳児の血清濃度17.5 ng/mLをベンチマーク用量信頼下限(BMDL)として特定しました。その後、生理学的薬物動態(PBK)モデルを用いてこの体内濃度に対応する母親の摂取量が推定され、4物質の合計として体重1kgあたり週4.4 ngの耐容週間摂取量が導かれたと報告されています。著者らはこの導出が方法論的に重要だと指摘します。出発点が投与量ではなくヒト血清で実際に測られた体内濃度であり、そこから外部摂取量を逆算しているため、従来のリスク評価の向きが反転しているからです。
著者らが提案する枠組みは、外部曝露 → 内部用量 → 生物学的応答 → 個人の感受性 → 健康アウトカム という五つの段階をつなぐものです。外部曝露の段階では食品モニタリングや食事調査、高分解能の化学分析が、内部用量の段階ではバイオモニタリングと体内動態の情報が用いられます。生物学的応答の段階では、マルチオミクス、作用機序に基づく指標、有害性発現経路(AOP、分子レベルの最初の出来事から有害な結果に至る一連の過程)、新規アプローチ手法(NAM、動物実験に代わる細胞モデルやオルガノイド、計算毒性学など)が初期の分子変化を特徴づけます。感受性の段階では、遺伝的要因、腸内微生物の構成、年齢、性別、栄養状態、病気の有無、同時に受けている他の曝露が個人差を説明します。最後に疫学・臨床データがこれらを健康アウトカムに結びつけます。
著者らは、個々の構成要素のどれも新しいものではないと率直に述べ、既存のエクスポソーム概念、分子疫学のバイオマーカー連続体、集約曝露経路、AOP、そしてハザード側を扱う国際コンソーシアムPrecisionToxとの関係を整理しています。本枠組みが加えるのは、この連鎖を食事性エクスポソームとその混合物に当てはめること、個人差を既定の不確実係数ではなく測定すべき量として扱うこと、各段階の移行に必要な証拠を明示すること、そしてそれらを既存の食品リスク評価に入り込む地点と結びつけることだとしています。
時間軸も枠組みの妥当性の条件として扱われます。胎内や乳児期には器官系・免疫系・エピゲノム・腸内細菌群集が形成途上にあり、同じ曝露が成人期とは異なる影響を引き起こしうること、胎盤を通じた移行と授乳自体が曝露経路であり、持続性物質では現在の摂取ではなく母親に蓄積した負荷が移ることが述べられています。また、生物学的半減期の短い物質では一回のスポット採尿が日常的な曝露を誤分類しうる一方、持続性物質の一回の測定はすでに終わった曝露を反映しうるため、適切な採取設計は物質ごとに異なるとされます。
混合物、個人差、そしてAIの位置づけ
人は一度に一つの化学物質にだけ曝露されることはまれです。論文では、現在の実務が二つの参照モデルに依拠していることが説明されます。「用量加算」は共通の作用様式を仮定して各成分を互いの希釈物として扱い、「応答加算」は独立した作用様式を仮定します。EFSAは、応答加算がより適切だという証拠がない限り、一般に保護的であるため用量加算を既定の仮定として推奨しているとされます。著者らは精密毒性学がこの実務を三つの点で改善しうると述べます。バイオモニタリングによって仮定された組み合わせを実測された内部曝露で置き換えられること、作用機序のデータによって累積評価グループを構造や標的臓器ではなく共通の重要な出来事に基づいて作れること、そして標的に到達する濃度に用量加算を適用できることです。
個人差については、「曝露が分析的に等しいことは、リスクが生物学的に等しいことを意味しない」という一文で要点が示されています。例として、薬物代謝酵素であるシトクロムP450の活性が、遺伝的多型、食事の構成、病気の状態、併用薬、過去の化学物質曝露によって個人間で数倍変動することが挙げられます。従来のリスク評価はこうした変動を主に既定の不確実係数で扱ってきましたが、著者らはこれを歴史的に得られなかったデータの意図的な代替物と表現し、ヒトの体内動態・毒性動態データに基づく物質固有の調整係数で置き換える道筋を示します。同時に著者らは、これらが集団ベースの閾値を置き換えるのではなく補完するものだと明確にしています。個人ごとの曝露限度は執行可能でも実用的でもなく、個人差は個別の限度値ではなく集団評価のパラメータを通じて規制に入ってくる、という整理です。
人工知能についても、著者らは慎重な位置づけを示します。エクスポソームやマルチオミクスのデータは規模が大きく不均一で次元が高いため計算的手法が必要になる一方、生物学的な根拠を説明できないアルゴリズムは統計的に強力でも規制上の価値は限られる、と述べられています。データ段階ではバッチ効果や交絡、クラスの不均衡、測定誤差や無作為でない欠測が、モデル化段階では過学習や訓練データと検証データ間の情報漏れが、運用段階では集団・分析プラットフォーム・時期のずれが、それぞれ妥当性を脅かす段階として具体的に挙げられます。著者らの結論は、AIは仮説の生成と優先順位づけの道具として最も有用であり、機序に基づく毒性学の代替にはならない、というものです。
腸内微生物についても同様の抑制的な扱いがなされています。腸内の微生物は化学物質を活性のより強い、弱い、あるいは質的に異なる代謝物へ変えうるため、同じ外部曝露が異なる人で同じ体内の化学的環境を生むとは限らないとされます。しかし著者らは限界も並べて示します。腸内微生物の構成は数日から数週間で個人内で変動し、研究間のばらつきの相当部分が試料の取り扱いやDNA抽出、情報解析の違いという技術的要因から生じ、微生物と化学物質代謝の関連の多くは相関にとどまるというものです。そのため、標準化された採取、研究間での再現性の実証、因果の証拠が、微生物データを個別化リスク評価に取り込む前提条件だと述べられています。
この論文が伝えること
著者らがこの論文で提案しているのは、新しい毒性試験の結果ではなく、食品安全をどう組み立てるかという考え方の枠組みです。食品中に化学物質を見つける力は分析技術の進歩で大きく高まりましたが、検出できたことはそれだけでは毒性学的な意味を持たない、という出発点が繰り返し強調されています。
枠組みの価値は、各段階を移るためにどんな証拠が必要かを明示したところにあります。外部曝露から内部用量へ進むには、対象となる生体試料と曝露の時間窓について妥当性が確認され体内動態の分かった指標か、バイオモニタリングで校正された動態モデルが必要であり、内部用量から生物学的応答へ進むには、生物学的有効用量が標的に到達している証拠と、有害性発現経路の重要な出来事に結びついた濃度反応関係が必要だとされます。著者ら自身、この枠組みがこれまでに示されたのはPFASのように十分に特徴づけられた化学物質に限られる、という制約を明記しています。
著者らが示す方向は、残留物の検出にとどまらず、生物学的な知見に裏打ちされた曝露評価へ食品安全の科学を進めることです。そのために集団ベースの指標値を捨てるのではなく、既定値で埋められてきた部分を実測で置き換え、評価を層別化し精緻化していく——つまり、食品に何が入っているかという問いを、それを食べた人の体の中で何が起きているかという問いにつなぐ、ということがこの論文の主張です。
著者:Mohamed M. Eltanty(Department of Food Hygiene and Control, Faculty of Veterinary Medicine, King Salman International University, El-Tor 46618, Egypt)、Jae‐Han Shim(Natural Products Chemistry Laboratory, College of Agriculture and Life Sciences, Chonnam National University, Gwangju 61186, Republic of Korea)、Hasan Türkez(Department of Medical Biology, Faculty of Medicine, Atatürk University, Erzurum 25240, Türkiye)、Su-Jin Bae(Functional Food Research Institute, Industry–Academic Cooperation Foundation, Daegu Haany University, Gyeongsan 38610, Republic of Korea)、Jaehoon Bae(Department of Food Industry, Daegu Haany University, Gyeongsan 38610, Republic of Korea)、A.M. Abd El‐Aty(Department of Medical Pharmacology, Faculty of Medicine, Atatürk University, Erzurum 25240, Türkiye)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Mohamed M. Eltanty, Jae‐Han Shim, Hasan Türkez, et al. From Food Additives and Contaminants to the Human Exposome: A Precision Toxicology Framework for Next-Generation Food Safety. Foods 2026-10-02. DOI: 10.3390/foods15193525. 原著ライセンス:CC BY.