この研究は、ポルトガルの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Pollutants
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ野菜の硝酸塩が問題になるのか
硝酸塩(硝酸イオン)は水や土壌、食品に自然に含まれる無機化合物で、植物にとっては成長に欠かせない栄養分です。農業では窒素肥料として広く使われ、とくに葉物野菜では見た目や商品価値を高める目的で多めに施されることもあると著者らは述べています。その結果、一部の野菜には硝酸塩が高い濃度でたまります。
この総説をまとめた研究チームは、硝酸塩が長年「望ましくない汚染物質」として扱われてきた経緯と、近年明らかになってきた健康上の利点とが、同じ物質について正反対の評価を生んでいる状況を「硝酸塩の逆説(パラドックス)」と呼んでいます。論文の目的は、野菜に由来する硝酸塩について、生理学的な利点と確立された毒性学上の懸念の双方を一つの枠組みで整理し、リスクと利点を釣り合わせた見方を示すことです。
著者らによれば、人が摂取する硝酸塩の多くは食品由来で、そのうち野菜の寄与が大きいとされています。論文では、食品が総摂取量の約60〜80%を占め、その80〜90%が野菜由来という推定や、摂取量全体のおよそ80%が野菜に由来するという推定が紹介されています。残りは飲料水や、食品添加物からの比較的小さな寄与です。
どのように調べたか
この研究は新たな実験や測定を行ったものではなく、既存の研究を読み解いて整理する「ナラティブレビュー(叙述的総説)」です。著者らはPubMed、Web of Science、ScienceDirect、Google Scholar、B-onといった文献データベースを検索し、野菜中の硝酸塩に関する近年の知見をとらえるため、主に2020年から2026年に発表された査読付き研究を対象としました。検索語には「野菜」「硝酸塩」「法定基準値」「健康リスク」「安全マージン」などの組み合わせを用いています。
著者らは、該当する研究を網羅的にすべて拾い上げることを目的とはせず、総説の主題に関連する文献を選んで統合したと明記しています。主題としては、野菜における硝酸塩の存在と蓄積、代謝経路と健康への影響、食事からの曝露、分析手法、規制値、リスク評価が挙げられています。あわせて、2020〜2026年の範囲外の文献や、規制文書、公的報告書、機関のウェブページ、既存のデータベースも必要に応じて補足的に参照しています。
報告された主な内容
まず代謝について。著者らは、摂取された硝酸塩が小腸上部から吸収されて血流に入り、循環する硝酸塩のおよそ75%が尿中に排泄される一方、約25%が唾液腺に取り込まれる「腸-唾液循環」を説明しています。口の中では、主に舌の奥に住む常在菌が硝酸還元酵素によって硝酸塩の約20%を亜硝酸塩に変え、健康な人では摂取した硝酸塩全体の約5〜7%が亜硝酸塩になるとされます。亜硝酸塩はさらに一酸化窒素(NO)へと還元されます。NOは血管をゆるめて広げ、血流と組織への酸素供給を増やす働きをもつ信号分子で、著者らは心血管系、運動能力、代謝調節、認知機能、眼の健康への好ましい影響が報告されていると紹介しています。
一方で毒性学上の懸念も整理されています。亜硝酸塩は乳児など感受性の高い集団でメトヘモグロビン症(血液の酸素運搬能が下がる状態)を引き起こしうること、またアミンやアミドと反応してN-ニトロソ化合物(NOCs)の前駆物質となることが挙げられます。NOCsのいくつかは国際がん研究機関(IARC)によってヒトに対する発がん性がおそらくあるグループ2Aに分類されています。欧州食品安全機関(EFSA)は2023年の科学的意見で32種のN-ニトロソアミンの発がん性を特定し、そのうち10種が定量可能な量で検出されたと報告したうえで、葉物野菜を含む各種食品での存在量データ収集を勧告した、と論文は述べています。著者らはまた、NOの作用が濃度に依存することも強調しており、生理的な範囲では体内の恒常性を保つ一方、過剰でも不足でも酸化ストレスや炎症の経路につながりうると説明しています。
規制の面では、EUとFAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)が、硝酸塩の許容一日摂取量(ADI)を体重1kgあたり3.7mg、亜硝酸塩を0.07mgと定めていることが紹介されています。体重60kgの大人ならそれぞれ1日約222mg、約4.2mgに相当します。これらのADIは摂取源を区別せず全年齢に等しく適用される一方、悪影響を受けやすさは一様ではないと著者らは指摘しています。米国環境保護庁(EPA)はこれより高い参照用量を設定しています。EUはさらに、ホウレンソウやレタス、ルッコラなどの葉物野菜、および乳幼児向けの穀物加工食品について、作物の種類や栽培条件、収穫期に応じた最大基準値を定めています。
野菜ごとの含有量には大きな差があることも、複数の研究の数値として示されています。硝酸塩は主に葉にたまり、花や種子、果実、根、茎では濃度が低くなります。論文が引用するデータベース研究では、食品カテゴリーのうち葉物野菜の中央値が最も高く1800mg/kg(四分位範囲920〜2994.5mg/kg)で、果物や穀物は20mg/kg前後と低い水準でした。同じ葉物のなかでも差は大きく、この研究では芽キャベツの中央値24.10mg/kgからルッコラの4506.10mg/kgまで幅がありました。さらにレタスやホウレンソウでは、品種ごとに中央値が大きく異なることも報告されています。著者らは、硝酸塩の多い野菜を100g食べるだけでADIを超えうるとする報告や、野菜摂取の多い食事パターンでは曝露量が大きくなるとの推定も紹介しています。
含有量を左右する要因としては、植物の遺伝的性質、施肥の種類と量、光条件が主なものとして挙げられ、葉の年齢も影響します。若い葉より古い葉で濃度が高い傾向が一貫して観察され、古い葉では硝酸還元酵素の活性が低いために1.7〜10.7倍高くなりうるとの報告が引用されています。また、調理や下処理の影響に関する研究も紹介されており、たとえばキャベツ、ホウレンソウ、フダンソウについて、生のものに比べて水に浸したもの、ゆでたもの、浸してからゆでたものへと平均値が下がっていく測定結果が示されています。
この総説が示す意味
著者らの結論は、現時点で得られている証拠は、野菜由来の硝酸塩摂取についてリスクと利点を釣り合わせて見る立場を支持するというものです。硝酸塩そのものは一般にヒトの健康を脅かすものではなく、問題となるのは亜硝酸塩やN-ニトロソ化合物といった代謝物・反応生成物への変換であり、その向かう先は用量や摂取源、体内の環境によって変わると整理されています。野菜という形で摂取する場合には、抗酸化成分に富んだマトリックス(食品としての成分の組み合わせ)がN-ニトロソアミンの生成を抑えうる、というのが著者らの指摘する重要な点です。
そのうえで論文は、収穫後の取り扱い、調理の仕方、そして食事全体の文脈が、ニトロソ化ではなく一酸化窒素の生成が優位になるかどうかを左右するため重要だと述べています。野菜の硝酸塩は「良いか悪いか」で割り切れるものではなく、どの野菜をどのように扱い、どんな食事の一部として食べるかという条件のなかで評価すべき対象だという見方が、この総説から伝わってきます。
著者:Maria Renata S. Souto(FP-I3ID—Institute of Investigation, Innovation and Development Fernando Pessoa, Faculty of Health Sciences, University Fernando Pessoa, Fernando Pessoa Teaching and Culture Foundation, Praça 9 de Abril, 349, 4249-004 Porto, Portugal)、Adriana M. Pimenta(FP-I3ID—Institute of Investigation, Innovation and Development Fernando Pessoa, Faculty of Health Sciences, University Fernando Pessoa, Fernando Pessoa Teaching and Culture Foundation, Praça 9 de Abril, 349, 4249-004 Porto, Portugal)、Rita I. L. Catarino(FP-I3ID—Institute of Investigation, Innovation and Development Fernando Pessoa, Faculty of Health Sciences, University Fernando Pessoa, Fernando Pessoa Teaching and Culture Foundation, Praça 9 de Abril, 349, 4249-004 Porto, Portugal)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Maria Renata S. Souto, Adriana M. Pimenta, Rita I. L. Catarino. The Nitrate Paradox in Vegetables: Balancing Health Benefits and Toxicological Risks. Pollutants 2026-10-02. DOI: 10.3390/pollutants6040056. 原著ライセンス:CC BY.