この研究は、イラン、トルコの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Food Science & Nutrition
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:見過ごされてきた在来ナシを記録する
西アジアはナシ属(Pyrus)の多様性の重要な中心地のひとつとされ、長い栽培の歴史と農家による選抜、自然交雑を通じて、各地に固有の品種や半野生の系統が数多く生まれてきました。しかし研究チームによれば、こうした在来の遺伝資源は十分に記録されておらず、活用もされていないままです。
この研究は、イランのイスファハン、クルディスタン、マルカジーという主要なナシ産地に生育する在来の136系統を対象に、その形態と果実の特徴を網羅的に記録することを目的としています。対象はヨーロッパナシ(Pyrus communis L.)111系統と、シリアナシ(P. syriaca Boiss.)25系統です。系統数に差があるのは、調査地域における自然の分布と入手可能性を反映したもので、著者らは数をそろえる調整をあえて行わず、その土地にある多様性をそのまま残したと述べています。
あわせて研究チームは、果実重を他の形質から予測する人工ニューラルネットワーク(ANN)のモデルを作り、従来の統計手法と比べることも目的に掲げました。論文は、ナシにおける機械学習の研究はこれまで収穫後の品質監視や画像による検出が中心で、圃場で測った形質から系統ごとの果実重を予測する取り組みはほとんど行われていないと指摘しています。
何をどう調べたか
調査された136本の木は、いずれも野生で自然に生えている個体で、1本が1つの系統を代表します。栽培された系統ではなく自生の遺伝資源を対象としたため、同じ系統の複製個体を採取することはできませんでした。同じ株から栄養繁殖で増えた個体を誤って別系統として数えないよう、著者らは各調査地で木と木を200メートル以上離して選び、根から伸びた若木や株立ちなど栄養繁殖の痕跡がある個体を除き、樹形が明らかに独立した個体だけを選んでいます。
評価には量的・質的あわせて40の形質が使われました。葉や果実、種子の寸法、果実重、果肉の厚さなどは1系統あたり50枚の葉と50個の果実を測定し、デジタルノギスと電子天びんで計測しています。色や形、食味といった質的な形質は、国際的な標準記述子に沿った評点や区分として記録され、観察者による偏りを抑えるため、同じ2名の訓練を受けた評価者が共同で判定しました。甘さの指標となる可溶性固形分(果汁に溶けている糖などの総量で、°Brixという単位で表され、数値が高いほど甘みが強いことを示します)は、1系統あたり20個の果実から果汁を採り、屈折計で測定しています。調査は2023年と2024年の2シーズンにわたって同じ個体で行われ、2年分の平均値が解析に用いられました。
解析では、系統間の差を分散分析で確認し、形質どうしの関係をピアソンの相関係数で調べ、主成分分析で変異の背景にある主要な形質のまとまりを抽出し、階層的クラスター分析で系統を群に分けています。さらに重回帰分析によって、果実重などを説明する形質を選び出しました。
ANNモデルの入力変数は、相関分析と段階的重回帰で果実重と有意に結びつく形質を選び、主成分分析で寄与の大きい変数を確認した上で、果実の発達や大きさに生物学的に意味のある形質を残すという三段階の手順で決められました。最終的に選ばれたのは、果実幅、果実長、種子幅、果実先端の形、葉幅、果肉の厚さ、石細胞の量、果梗の太さの8つです。ネットワークは入力層8、中間層5、出力層1のニューロンから成る一般的な構造で、性能は10分割交差検証(データを10組に分け、9組で学習して残り1組を予測する手順を繰り返す方法)によって評価されました。
報告された主な結果
まず、系統間の多様性は非常に大きいものでした。評価した40形質のうち35形質(87.5%)で変動係数が20%を超え、著者らはこれを高い表現型多様性の表れとしています。変異がとくに大きかったのは果実の対称性(207.89%)や果皮のさび状の模様、果皮の上塗り色などで、逆に葉長や可溶性固形分、果梗の太さなどは比較的そろっていました。
果実重は7.46グラム('Bandamir-3')から139.69グラム('Kahak-1')までと幅広く分布しました。可溶性固形分は10.00%('Dolatabad-3')から26.00%('Razghan-3')で、平均は17.21%でした。論文は、これらの値が同属の他種を扱った先行研究の報告値を上回る系統を含んでいる点に触れ、大果の系統や甘みの強い系統がこの集団に存在すると述べています。果肉の厚さも5.33ミリから24.92ミリまで変化しました。
質的な形質では、集団に偏りが見られました。葉はほとんどが卵形(122系統)で、果実の形はマルメロ型が119系統と大半を占め、洋ナシ型は15系統、リンゴ型は2系統にとどまりました。熟期は晩生に集中しており、9月下旬(53系統)、10月上旬(50系統)、10月中旬(27系統)が多く、8月中旬から9月中旬に熟すものは6系統だけでした。食味は酸甘(39系統)、やや甘い(32系統)、甘い(32系統)、非常に甘い(12系統)などに分かれ、果実全体の品質は低が60系統、中が42系統、高が34系統と評価されています。
相関分析では、果実重が果実幅(r=0.96)および果実長(r=0.86)と非常に強い正の相関を示し、果実の寸法が果実重の主な決定要因であることが示されました。果実重は果肉部にあたる中果皮の径(r=0.85)や果肉の厚さ(r=0.84)とも強く相関しており、著者らは果実が重くなるのは主に食べられる部分が広がることによると解釈しています。一方で可溶性固形分は果実重(r=−0.37)と果肉の厚さ(r=−0.33)に対して負の相関を示しました。論文はこれを、果実が急速に大きくなり水分が増えることで糖の濃度が薄まる「希釈効果」として知られる現象と整合すると説明し、大きさだけを基準に選抜すると甘みが下がりうるため、大果と高い糖度を兼ね備えた系統がとくに価値を持つと述べています。
重回帰分析でも果実幅が最も影響の大きい予測因子(β=0.73)で、果実長がそれに次ぎました(β=0.25)。葉幅(β=−0.09)や果梗の太さ(β=−0.06)は果実重に対して負に働きました。ANNモデルについては、交差検証で各系統を学習に使わない状態で予測した結果と実測値の間に回帰式 y = 2.3524 + 0.9511x が得られ、決定係数は R²=0.9739 と報告されています。
この研究が示していること
この研究は、これまで十分に記録されてこなかったイランの在来ナシ系統について、葉から果実、種子にまで及ぶ40の形質による記述を積み上げ、その多様性の幅を具体的な数値として示しました。果実の大きさと甘みの間に見られた負の関係は、どちらか一方だけを基準にした選抜の限界を浮かび上がらせ、同時に、その傾向から外れる系統を見つけることの意味を示しています。
また、圃場で測れる形質から果実重を予測するというANNの適用は、複数の形質が絡み合う果樹の特性を扱う方法としての可能性を示すものです。報告された多様性そのものが、この地域に受け継がれてきた遺伝資源の記述的な価値を伝えています。
著者:Zahra Moradi(Department of Horticultural Sciences, Faculty of Agriculture and Natural Resources Arak University Arak Iran)、Ali Khadivi(Department of Horticultural Sciences, Faculty of Agriculture and Natural Resources Arak University Arak Iran)、Yazgan Tunç(Republic of Türkiye, Ministry of Agriculture and Forestry, General Directorate of Agricultural Research and Policies Hatay Olive Research Institute Directorate, Hassa Station Hassa Hatay Türkiye)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Zahra Moradi, Ali Khadivi, Yazgan Tunç. Morphological and Pomological Characterization of Indigenous Pear Genotypes ( Pyrus communis L. and P. syriaca Boiss.) and ANN ‐Based Prediction of Fruit Weight. Food Science & Nutrition 2026-09-01. DOI: 10.1002/fsn3.72401. 原著ライセンス:CC BY.