チューアック、ムイ・ボロック、ベルマ——耳慣れないこれらの名前は、インド北東部トリプラ州に暮らす部族コミュニティが代々受け継いできた発酵食品です。トリプラ州には政府に公認された部族コミュニティが19あり、州の人口407万人のうち31.8%を占めています。今回紹介する研究は、この地域の伝統発酵食品を、発酵微生物学、食品科学、栄養生化学、腸内マイクロバイオーム研究といった複数分野の既存文献を横断的に読み解き、まとめた統合的レビューです。著者はカビ・ナズルル・マハビディヤラヤ人体生理学部門の研究者です。

発酵食品と腸内細菌の関係は、ヒトマイクロバイオームプロジェクト以降、世界的に関心が高まってきたテーマです。特にインド北東部では、伝統的な米発酵酒(ライスビア)の菌叢や代謝物を調べた研究や、ライスビアの摂取が酪酸産生菌であるFaecalibacteriumやRoseburia、便中酪酸濃度を減少させたとする報告もすでにあり、この論文はそうした先行知見を踏まえつつ、トリプラ州特有の発酵食品群を体系的に整理しようとしたものです。

どのように調べたか

著者は、PubMed、Scopus、Web of Science、Google Scholar、DOAJ、インドCSIR-NISCPRの機関リポジトリなどを対象に文献検索を行いました。検索の結果312件の候補文献が見つかり、タイトルと要旨の段階で186件を精査、97件を全文レビューにかけ、最終的に74件を統合分析の対象としました。あわせてトリプラ州政府の報告書やインド植物遺伝資源局(NBPGR)の記録、トリプラ大学の未公表の民族植物学調査などのグレー文献も参照しています。対象期間は1980年から2024年で、特に2010年以降の培養非依存的な微生物解析(16S rRNA解析など)を用いた研究に重点が置かれました。

トリプラ州の発酵食品にはどんな菌がいるのか

レビューが取り上げた主な発酵食品には、米を発酵させた酒「チューアック」(トリプリ族、リアン族、ジャマティア族)、竹の子を乳酸発酵させた「ムイ・ボロック」(トリプリ族)、小魚を塩漬け発酵させた「ベルマ」(トリプリ族、チャクマ族)、大豆をアルカリ発酵させたトゥングリムバイ変種(リアン/ブル族)、からし菜の葉を発酵させた「サライエン」(チャクマ族)などがあります。これらの食品からは、Lactobacillus plantarum、L. fermentum、Leuconostoc mesenteroides、Pediococcus pentosaceusといった乳酸菌のほか、Bacillus subtilisなどによるアルカリ発酵菌も報告されています。

特にムイ・ボロックとサライエンは、生きた乳酸菌の数(コロニー形成単位)がそれぞれ1グラムあたり10の7.8乗、10の7.2乗程度と、食品を介したプロバイオティクス効果の目安とされる10の8乗に近い値を示したとされています。またサライエン(ポリフェノール含量198mg没食子酸当量/100g)やトゥングリムバイ変種(同246mg/100g)では、発酵によって結合型ポリフェノールが遊離型に変化し、抗酸化力が高まる可能性が指摘されています。ベルマはタンパク質含量が28.4g/100gと高く、タウリンやメチオニン、リジンといったアミノ酸を多く含むほか、発酵過程で生じるアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害ペプチドなど、生理活性を持つ物質の存在も報告されています。

腸内環境との関わりとしては、乳酸菌が産生する短鎖脂肪酸(酪酸・プロピオン酸・酢酸)が大腸の粘膜免疫や炎症抑制に関わる可能性、ムイ・ボロックに含まれる乳酸菌由来のバクテリオシン(抗菌ペプチド)が大腸菌やサルモネラ菌などの病原菌を抑える可能性、チューアックに含まれるL. fermentumやL. brevis由来のGABA(γ-アミノ酪酸)が神経系を介してストレス反応に関わる可能性などが、主に類似の発酵食品を対象とした先行研究から推測として述べられています。ただし著者は、トリプラ州の発酵食品そのものを対象にした臨床試験や直接的な証拠はまだ存在せず、こうした効果は類似システムからの類推にとどまると明記しています。

担い手の知恵と、その継承の危うさ

レビューはまた、これらの発酵技術を担ってきたのが主に集落の年配女性であることも紹介しています。トリプリ族では集落の年配女性(ボクマ)、リアン族では女性世帯主、ハラム族では女性の共同体が中心的な知識保持者とされ、口頭伝承と実地での手ほどきによって技術が受け継がれてきました。しかし著者は、この知識が高齢化や若年女性の都市部への移住によって失われるリスクが高いと指摘しており、特に人口の少ないハラム族については「侵食リスク」を5段階中最高の5(非常に高い)と評価しています。同族に伝わる里芋とヤムイモの発酵食品「アニシ」は、ある民族植物学調査において村レベルでの生産がほぼ途絶え、知識を持つ実践者がごく少数の高齢者に限られていると報告されているとのことです。

この研究の位置づけと限界

この論文はあくまで既存文献を統合したレビューであり、著者自身が独自の実験や臨床試験を行ったものではありません。著者は複数の重要な限界を挙げています。第一に、培養に依存しない16S rRNA解析やメタゲノム解析はトリプラ州の発酵食品のほとんどでまだ実施されておらず、従来の培養法では発酵食品中の微生物多様性の1割程度しか捉えられていない可能性があるとされています。第二に、表中のチューアックの酵母菌データやトゥングリムバイ変種、キアド・ウムに関する一部の菌叢データは、トリプラ州で直接得られたものではなく、インド北東部の類似発酵食品(キネマ、グンドゥルック、シンキなど)からの類推による記載である旨が明記されています。第三に、トリプラ州の部族住民を対象にした腸内マイクロバイオームの臨床研究は「事実上皆無」であり、発酵食品の摂取と実際の腸内細菌叢との関連を直接示すデータはまだ存在しません。発酵魚・発酵肉製品についても、生成されるヒスタミンやチラミンといった生体アミンが安全面での留意点になりうる一方、微生物学的な特性評価自体がほとんど手つかずだと述べられています。

著者は今後の優先課題として、トリプラ大学とCSIR北東科学技術研究所(ジョラート)による共同の微生物バイオバンク構築、チューアックやムイ・ボロック、ベルマへの地理的表示(GI)保護の申請、インドの伝統知識デジタルライブラリー(TKDL)への登録、そして発酵食品摂取者と都市部住民を比較する腸内マイクロバイオームのコホート研究などを挙げています。なお本文中では、日本の食品や研究機関への直接の言及はありませんでした。

まとめ

この統合的レビューは、トリプラ州の部族コミュニティに伝わる発酵食品が、乳酸菌やBacillus属菌を中心とした豊かな微生物相を持ち、バクテリオシンや短鎖脂肪酸、Bビタミン、ポリフェノールといった生理活性物質を含む可能性を、既存文献の整理を通じて示したものです。ただし、腸内環境への具体的な効果を人において直接確かめた研究はまだなく、多くの知見は類似の発酵食品からの類推や、今後実施されるべき研究課題として位置づけられています。一つのレビュー論文であり、今後の現地調査や臨床研究の進展を待つ段階にあるといえます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Manabendra Debnath. Traditional fermented foods, indigenous knowledge systems, and gut microbiome health among tribal communities of Tripura, India: an integrative review. ジャーナル・オブ・エスニック・フーズ (2026). DOI: 10.1186/s42779-026-00328-3. 原著ライセンス: cc-by.