健康的な食事と聞くと、まず全粒穀物や発酵食品が思い浮かぶ人も多いだろう。全粒穀物は食物繊維や栄養価の高さから生活習慣病の予防に役立つ食品として知られ、腸内の善玉菌を育てる「プレバイオティクス」の供給源でもある。一方、ヨーグルトやキムチのような発酵食品には、腸内細菌のバランスを整えるとされる「プロバイオティクス」が含まれることが知られている。こうした食品と体の健康との関係はよく語られるが、では「心の健康」とはどう関わるのだろうか。トルコの大学で行われたこの研究は、健康科学を学ぶ大学生を対象に、全粒穀物を食べようとする意欲と、伝統的な発酵食品を口にする頻度が、精神的な幸福感とどう結びついているのかを調べたものだ。
269人の学生を対象にした横断調査
調査の対象となったのは、トルコのユスキュダル大学健康科学部に在籍する1年生と4年生、計269人のボランティア学生(女性210人、男性59人、年齢中央値21歳)である。看護学、助産学、言語聴覚療法、栄養学、医療管理など10学科の学生が含まれた。調査は2020年1〜3月に実施され、精神・身体の健康問題や特別な食事療法がある学生などは除外された。
使われた調査票は4種類。基本属性を尋ねる質問紙に加え、全粒穀物14品目それぞれについて「食べる意欲」を5段階(食べない〜いつも進んで食べる)で答える「全粒穀物摂取意欲質問票(WEWGQ)」、キフィル・ヨーグルト・アイラン(発酵乳飲料)・タルハナ(発酵スープの素)・ピクルス・シャルガム(かぶの発酵ジュース)・ザクロ糖蜜・酢・ボザ(雑穀の発酵飲料)という9種の伝統的発酵食品について摂取頻度を尋ねる独自作成の質問票、そして精神的な幸福感を14項目・70点満点で測る「ウォーリック・エディンバラ精神的健康尺度(WEMWBS)」が用いられた。発酵食品の質問票はトルコの伝統食品に対応した標準化されたものが存在しなかったため、研究チームが文献と専門家の意見をもとに独自に作成したという。
発酵食品の頻度は心の健康と関連、全粒穀物への意欲とは無関係
結果、全粒穀物摂取意欲の総合点とWEMWBSの得点との間には、統計的に意味のある関連は見られなかった(相関係数r=−0.048、p=0.433)。一方で、特定の発酵食品を口にする頻度とWEMWBS得点との間には有意な関連が確認された。具体的には、キフィルを1日1回摂取する群でWEMWBS平均点が66.2点と最も高く、ピクルスを週1回摂取する群で50.42点、シャルガムを週1回摂取する群で57.68点、ザクロ糖蜜を1日2〜3回摂取する群で55.78点、ボザを週1回摂取する群で60.73点と、いずれも高い数値が確認された(統計的有意差はキフィルp=0.037、ピクルスp=0.032、シャルガムp=0.002、ザクロ糖蜜p=0.019、ボザp=0.004)。ヨーグルトやアイラン、タルハナ、酢の摂取頻度については、統計的に明確な差は確認されなかった。なお、WEMWBS得点は、体格指数(BMI)、性別、学年のいずれとも有意な関連は示されなかった。
学年別に見ると、4年生は1年生に比べて栄養補助食品の使用率、プレバイオティクス・プロバイオティクスについての知識、プロバイオティクスサプリメントの使用率がいずれも有意に高かった。また全粒穀物を「食べる」と答えた学生の割合も学年によって差があり、玄米、全粒粉パスタ、全粒粉のトルティーヤ、キヌアやチアシードといった雑穀、グラノーラバー、全粒粉バーグルバンズ、全粒粉クラッカー、全粒粉ベーグル、ポップコーンといった品目で、4年生の方が「時々進んで食べる」と答える割合が高い傾向が見られた。研究チームは、この学年差について、栄養学の授業など健康教育を受けた経験が反映された可能性を挙げつつも、年齢や生活経験など他の要因の影響も否定できないとしている。
この研究をどう読むか
著者らは、発酵食品に含まれる微生物や生理活性物質が、腸と脳をつなぐ経路(腸内細菌の構成や短鎖脂肪酸などの代謝物を介した経路)を通じて心の健康に影響しうる可能性を、関連する先行研究を踏まえて指摘している。ただし、これはあくまで示唆であり、本研究自体がその仕組みを直接検証したわけではない。
著者らが挙げる限界も重要だ。第一に、この研究は特定の時点での関連を見る横断研究であり、発酵食品や全粒穀物の摂取が心の健康の「原因」であるとは言えない。第二に、食事データはすべて自己申告による摂取頻度に基づいており、記憶の誤差が生じている可能性がある。第三に、1回あたりの摂取量や、市販品か家庭での手作りかといった違い、総エネルギー摂取量や食事パターン全体は評価されていない。さらに、実際に摂取された発酵食品に生きたプロバイオティクス微生物や生理活性成分がどの程度含まれていたかは、微生物学的に確認されていない。著者らは、こうした点を今後の縦断的研究で明らかにする必要があるとしている。
まとめ
この研究では、大学生における全粒穀物を食べようとする意欲そのものは精神的な幸福感と関連しなかった一方、キフィルやピクルス、シャルガム、ザクロ糖蜜、ボザといった特定の伝統的発酵食品の摂取頻度は、精神的な幸福感の得点と関連していることが示された。あわせて、健康教育を受けた学年の高い学生ほど、プレバイオティクス・プロバイオティクスへの知識や健康的な食習慣を持つ傾向もうかがえた。ただし、これは一つの横断研究の結果であり、因果関係を示すものではない。特定の食品が心の健康を「改善する」と断定できる段階にはなく、今後より多様な集団を対象にした追跡調査による検証が待たれる。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Aliye Özenoğlu, İsmet Öztürk, Cahit Erkul. The Relationship of Willingness to Eat Whole Grains and Fermented Food Consumption with Mental Wellness. 国際ガストロノミー研究誌 (2026). DOI: 10.56479/ijgr-82. 原著ライセンス: cc-by-nc.